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2010-06-16up
自殺を考えていた青年が、青森県弘前市にある佐藤初女さんの活動拠点「森のイスキア」を訪れた際、帰りの列車のなかでと初女さんからおむすびを渡された。帰途、それを開けてみると、タオルに包まれていた。
ラップやアルミホイルで包んでしまったら、ご飯は息ができなくなって、おいしさが失われてしまう――初女さんの配慮だった。そのおむすびを食べた青年は、命を絶つことを思いとどまった。
他愛のないエピソードに聞こえるかもしれない。しかし、本書を読んでいると、なぜ彼が自死をせずに済んだのかが、すとんと胸に落ちる。
佐藤初女さんの活動はカウンセリングではない。
「森のイスキア」を訪れる、深い悩みや心の痛手を抱えた人々に対して彼女がまずすることといえば、相手の話をじっくりと聴くことだ。真っ新な状態で相手の言葉に耳を傾ける。そんな初女さんの前で、訪問者はやがて自分の苦しみを正面から受けとるようになる。
そして彼女は手作りの料理をさりげなく出す。人間は他の命をいただいて生きている。その感謝の気持ちを忘れることなく、野菜に包丁を入れる手にも優しさを込める初女さんの料理は、食べる人の指の先まで生きる力が染み渡る。
「手塩にかける」という言葉がある。本書には、拒食症の女性が手に盛った塩を舐めることをきっかけに、元気を少しずつ取り戻していくエピソードが紹介されている。初女さんは一度手を濡らすと五つのおむすびを握るそうだ。ご飯の暖かさが適度の水分を出して、手の平を潤わせるからだという。
本書では、初女さんが全国で行なっている講演会での質疑応答の様子も掲載されている。相談者の悩みはいろいろだが、それに対する彼女の飾らない、ときにユーモアに満ちた回答には、どんな読者の心にも届く普遍性がある。
私は、クリスチャンである初女さんがしばしば言う「祈り」の意味を少し理解できた気がした。
全編を読み終わった後、冒頭に掲載されているカラー写真(岸圭子撮影)に再び目を戻していただきたい。初女さんの表情、「森のイスキア」の佇まい、手のひらのおむすび、外に干してある梅干など、優しい光に満ちた一枚一枚が、あなたに何かを語りかけてくるだろう。
(芳地隆之)
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