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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.87
シュクラーン ぼくの友だち

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シュクラーン ぼくの友だち

ドリット・オルガット/鈴木出版

 「シュクラーン」はガブリエルが初めて覚えたアラビア語だ。意味は「ありがとう」。ハミッドから教えてもらった。

 ユダヤ人のガブリエルとパレスチナ人のハミッドはともに12歳。小学校6年生に当たる年齢だが、ハミッドは学校に通っていない。将来の夢は医者になることだが、家が貧しいため、ユダヤ人の所有する果樹園などで働いている。1977年のイスラエル。インティファーダ(パレスチナ人の反イスラエル抵抗運動)も、パレスチナ自治政府もなかった時代の話だ。

 「ぼくらみたいにユダヤ人に雇われてユダヤ人の町や村で働くアラブ人は、たくさんいるけど、その逆はないってことさ」とハミッドは言う。だが、ガブリエルには、その意味がわからない。彼自身、両親、妹とともにアルゼンチンから移住して間もなかった。「子供たちの将来を考えれば、キリスト教社会のマイノリティとして生きるよりも、同じユダヤ人の国で暮らす方がいい」という父親の判断で、ブエノスアイレスからテルアビブにきたのである。

 本書を手にとったとき、ユダヤ人とパレスチナ人の少年の、政治や宗教の対立を越えた友情の物語だろうと推測した。確かにそうなのだが、話は単純ではない。ガブリエルが最初に直面するのは、ユダヤ人からの執拗ないじめなのである。イスラエルの公用語であるヘブライ語がまだ満足に話せないガブリエルは、彼が住む団地の子供たちの格好の標的だった。

 アルゼンチンでは、こんなひどいめに遭うことはなかった――ガブリエルはすっかり塞ぎ込んでしまう。そんな彼の心を開かせたのが、団地近所の果樹園で働くハミッドだ。

 当初、両親はアラブ人少年を警戒した。「(息子には)ユダヤ人と仲良くなるのが先ではないか」とも思った。だが、勉強熱心でまじめなハミッドとガブリエルの家族は互いに親しみを深めていく。

 その後、物語は爆弾テロを巡って緊張した展開になるのだが、この作品を「イスラエルの視点からしか描いていないのではないか」と思う向きがあるかもしれない。パレスチナ自治区への無差別殺戮を厭わない現在のイスラエル国家の姿勢を見れば、なおさらだろう。

 だが、2人の少年の心には、政治的な見方を越えたピュアなものがある。自身も幼少時にヒトラー政権下のドイツから、イスラエル建国前のパレスチナに移住した著者は、この物語に「パレスチナ人との共存」という「同胞」に向けたメッセージを込めたのだと思う。

 「シュクラーン ぼくの友だち」は鈴木出版「この世界に生きる子供たち」シリーズの一冊。以前、マガ9のオススメ本として紹介したことのある「ヒットラーのむすめ」ほか、世界の児童文学の秀作が揃っている。ぜひ読んでみてほしい。

(芳地隆之)

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