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「アフガニスタン問題は、今。」伊勢崎賢治

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伊勢崎賢治●いせざき けんじ1957年東京生まれ。大学卒業後、インド留学中にスラム住民の居住権獲得運動に携わる。国際NGOスタッフとしてアフリカ各地で活動後、東ティモール、シェラレオネ、 アフガニスタンで紛争処理を指揮。現在、東京外国語大学教授。紛争予防・平和構築講座を担当。著書に『東チモール県知事日記』(藤原書店)『武装解除 紛争屋が見た世界』(講談社現代新書)、近著に『伊勢崎賢治の平和構築ゼミ』(大月書店)などがある

 伊勢崎賢治さんと、クリエイティブディレクター、マエキタミヤコさんが仕掛ける「HIKESHI」プロジェクトの一環として行なわれたこのイベント。ジャズと共に語られたのは、昨年11月に東京で行なわれた「アフガニスタンの和解と平和に関する円卓会議」(主催:世界宗教者平和会議、支え合う安全保障議員連盟、協力:外務省)についてでした。現在進行形のアフガニスタン問題について、今、何が行なわれているのか? 日本の目指す方向は? について、抜粋でお届けします。

「対テロ戦」は人心掌握の戦い

 この会議の開催は、民主党の犬塚直史議員などと一緒に、一昨年からずっとロビー活動をしていた成果の一つです。参加したのは、アフガニスタン閣僚のほか、パキスタン、イラン、サウジアラビア、そしてNATOの面々。参加者もどの国や団体を代表しているかということは言っても個人名は出さず、内容も外には知らせないという、完全にクローズドの形でやりました。

 2001年10月に始まったアフガン戦争は、その年の11月にはタリバン政権の崩壊という形で一度決着がつきました。しかしその後、タリバン以外の軍閥たちによる内戦が始まり、最近では再びタリバン勢力がどんどん大きくなって、アフガン国土の半分以上を実効支配しているという状況です。タリバン政権の最高指導者だったオマル師も、アルカイダのオサマビンラディンも隣国のパキスタンにいるといわれており、そのパキスタン国内には「ネオタリバン」という動きもある。明らかに我々は戦争に負けているんです。

 2001年に一度戦争に「勝った」とき、対タリバンで地上戦を戦った「北部同盟」(現地の軍閥たちによる同盟)の兵力は6万弱でした。一方、現在発展途上のアフガン国軍は9万、アフガン警察は6万。さらに多国籍軍が10万いて、これからさらに3万人増派するといっている。それだけの兵力を用いて、なおかつ当時よりも優秀な空爆力があって、それでも負けそうだというのは、軍事的な方程式で見ればあまりに不条理です。何かが根本的におかしい。別の力が働いているんです。

 「別の力」とは何か。それは、今オバマ大統領も言い始めているけれど、「対テロ戦は人心掌握戦だ」ということ。つまり、「テロリスト」というのは一般のコミュニティの中にいる。そのコミュニティがこちらにつかない限りは「テロリスト」は掃討できないし、一般の人々が向こう側に寝返ってしまう可能性もある。タリバンによる「実効支配」というのはそういうことなんです。

 これをどうするか。問題のひとつは貧困です。貧しくて学校もない状態では、子どもたちはほとんど洗脳のような形で過激派思想に染まっていくし、高い失業率の中、過激派に加われば給料が出るといわれれば、みんなそっちへ行っちゃいます。

 そして、貧困に対処するには開発をするしかない。ところが、開発援助をするためには、NGOなり政府なり誰かが現地へ行かなくちゃいけないんだけど、今のアフガンは治安が悪くてとても行けない。一部の地域では僕の尊敬する中村哲さんなどがすばらしい活動をしていますが、それ以外の地域、主戦場となっているところは危なくてNGOも入れない。だから開発ができなくて貧困が広がる。その堂々巡りなんです。

セキュリティゾーンの構築による開発援助を

 これをどこかで切らなくちゃいけないということで、ちょうど2年ほど前から、犬塚議員とともに、「シェアード・セキュリティ・ゾーン(支え合う安全な場)」をつくろう、という発想でロビー活動をしてきました。

 どういうことか。まず、主戦場となっているアフガンとパキスタンとの国境エリアに、小さな「ゾーン」をつくります。そこでは、過激派の一番の戦争の口実になっている多国籍軍の存在をなくして、アフガン国軍に完全な責任委譲をする。パキスタン側も同じようにします。

 もちろん、アフガンとパキスタン、もともと仲の悪い両国の軍が国境をはさんでにらみ合うことになりますから、一発の銃声で全面戦争になる可能性もあります。それを防ぐために、国連が非武装の軍事監視団を置いて、信頼醸成を行う。これは賛否両論あると思いますが、僕はここに日本の自衛隊も非武装で加わればいいと思っています。大切なのは、地元からの反発が少ない非西洋諸国が軍事監視をするということです。

 さらに、アフガン警察と協力して、たとえば日本の交番制度みたいなものをつくる。そうして地元とのかかわりを深めて信頼醸成をしながら、そこに重点的な開発援助を行っていく。

 こうしたことを、まず失敗しようのないような小さなゾーンでやって、それが成功したら次々に広げていくという発想です。もちろん、いくらコミュニティを味方につけても、タリバンが攻撃してくるだろうというリスクはある。人命が失われることも確かです。それでもやらなくちゃいけな い。

 一方で、やはりタリバンの攻撃をそのままにはしておけない、最小限に抑えなきゃいけないという問題もあります。そのためには、タリバンと政治的な対話をしなくちゃいけない。オバマ政権も今、タリバンとアルカイダは区別してタリバンとは対話するというところまで譲歩しつつあります。その対話のために行なわれたのが、昨年11月の会議なんです。

和解のための合意点を見出す困難さ

 この会議で、共通に認識された問題は、「和解」の難しさです。そもそも、我々が負けている段階で和解をしようとしているわけですから、敵から見れば「勝てる」ということになる。こちらが和解に動き始めてからテロ攻撃は増えているし、タリバンが和解に応じる気配はまったくありません。

 そんな中で、向こう側が銃を置いてくれる、和平に歩み寄ってくれる条件は何なのか。その合意点を見つけなくてはならない。

 まず、政治的なパワーシェアリングの問題があります。戦後、「タリバン党」を認めるのか、それとも今のアフガン国土の半分をタリバンの自治区にするのかといったことを、現実的に考えなきゃいけない。会議の中では、そのためのシミュレーションもやりました。

 あと軍事。タリバンは、異教徒は−−特にその軍事力は−−出て行けという要求をしています。ただ、いくらタリバンでも今10万人以上いる兵力を明日出て行けとは言えません。じゃあ、撤退に3カ月かけるのか、1年かけるのか。ここも落としどころになるでしょう。

 それから、一番厄介なのが価値観の問題。シャリーア(イスラム法)というのは、それ自体は別に悪いものじゃありませんが、タリバンの考えるシャリーアは、我々にとってはほとんど「非人権的行為」なんです。鞭打ちの刑も石打ちの刑もある。女性が不義を働いたら、死ぬまで石をぶつけられる「公開石打ちの刑」など、我々の人権の観点からすれば拷問です。

 こうした価値観の部分をどうしたらいいか。鞭打ちは認めるけど石打ちはやらないでね、なのか。石打ちはやってもいいけど女の子も学校に行か せてくれ、なのか。そうしたことを、具体的に考えなきゃいけないんです。厄介です。

飛び入り参加で、デズモンドさんが歌を披露。伊勢崎先生いわく、「彼は、DDR(武装解除)の経験者としては、世界一」なのだそう。国会でも参考人として発言しています。

「仲介者」日本への期待は大きい

 こう考えていくと、和解の実現は非常に困難です。でも、それを踏まえても政治的和解を「やらなきゃいけない」というのが、会議の参加者の間にできた共通合意です。その意味で、一歩前に踏み出したといえる。

 会議で決まった内容は全部は言えないのですが、国連安保理決議1267に基づく制裁対象リストからタリバンの指導者たちを外さなくてはならないという共同声明を、NATOの合意も得て出しました(今年1月末、遂に国連は最初の5人の「穏健派タリバン」の名前を削除する動きを表明しました)。これは大きいですよ。たとえば日本に対して「北朝鮮への制裁をやめろ」と言っているのと同じことですから。それでも、そこをまずやらないとこの戦争はまず終わらないという共通認識ができたんです。

 もちろん参加者の間でも、立場が違えば求める条件も全然違う。それでもやらなくちゃいけない。それを深く認識して、それぞれが自分たちの国へ帰っていった。これは、そのための会議だったんです。

 そして、一番大切なのは、そうした過程において、日本に対する仲介者としての大きな期待があるということです。日本にその能力があるかどうかは別の話として、世界からの期待は非常に大きい。

 仲介をするためには、まずタリバンと話をしなきゃいけない。これはアメリカじゃだめだし、サウジアラビアでも無理。みんなそれぞれ対テロ戦に対しての既得権益がある。ある程度影響力がある国の中で、ないのは日本だけなんです。それに、アフガンでこれだけ信頼されている国はほかにない。人畜無害だというので、多分タリバンからもある程度は信頼を得ているでしょう。インド洋で給油活動はやっていたけど、それはまったく知られていないし、その意味では美しい誤解なんですが(笑)。

 11月の会議では、そうした日本への期待も再認識されたと思います。

 今後に向けても、すでに活動を始めています。タリバンとの具体的な対話のきっかけをつくるということをやっているんです。そのあたりについては、また第3回の「ジャズ・ヒケシ」@新宿ネイキッドロフトでお話ししたいと思います。

その2へつづきます→

世界からの大きな「期待」を受けて、今後日本はどうしていくべきなのか?
引き続き考えていきたいと思います。
次回は、この「ジャズ・ヒケシ」をはじめとする、
「HIKESHI」プロジェクトとは何なのか? について、
仕掛け人の1人、クリエイティブディレクターの
マエキタミヤコさんにお聞きします。

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伊勢崎さんのトランペット演奏が聴けます。

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