ホームへ
もくじへ

9条的シネマ考

バックナンバー一覧へ

舞台は1980年代初頭、中国湖南省の山間地帯。
数日をかけて村々に郵便を配達していた父は、仕事を息子に譲ることに。
引き継ぎのため父と息子は、愛犬〈次男坊〉と共に初めて一緒の〈旅〉に出る。
そこで彼らが出会った物語とは? 
第13回は、家族の在り方、人と人との信頼の絆を、
美しい大自然を背景に豊かに描き上げた
『山の郵便配達』(1999年・中国/監督 霍建起[フォ・ジェンチイ])です。

藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。
著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。


第10回『スターリングラード』

パッケージ
DVD(93分)/¥4,179(税込)
発売元:ジェネオン エンタテインメント株式会社


スクリーン一杯に鯉のぼりの目が
画面も音響もすさまじく、我が家の言葉でいえば「ドンパチもの」ばかり観ていると、新宿の日活の上にあった帝都名画座に毎週のように通ってはフランス映画の「名画」観ていたときが懐かしくなる。『大いなる遺産』『外人部隊』『望郷』、どれも五十円で観た。それが度を越すと、映画はモノクロで画面も昔のような小さなもの、映画館では映写室から流れる光線を横切って紫煙がゆらりゆらりと昇っていくのがいい、画面だってときには雨が降ってくるのがいいじゃないか。椅子の下ではネズミが走り回り、廊下に出るとトイレの臭いがもれてくる。あれが映画だ、ということになる。大劇場で大音響、大画面の映画なんか映画ではない。たとえハリウッドの美女にしても、スクリーン一杯に、鯉のぼりのように大きな目に涙をにじませて出てくれば、もうそれは化け物だ。あれは見世物だ、紙芝居だ。

映画を作る人たちは当然のことながら自分たちの作品が上演される箱のことは計算済みだ。客がこうしてみるのだからこう作る。作者はいつだって観客を想定しているはずだ。だから『山の郵便配達』も、そうした観客を、同時代の広い広い中国に、TVも含めた市場の大きな日本に、いやカンヌやモントリオールの映画祭、ハリウッドにも目をやっているかも知れない。もちろんカラーで、大画面にもおかしくない。いや大画面だから湖南省の山間地帯の風景がいっそうと引き立つように作られている。鯉のぼりのような巨大な眼は出てこない。

これは白紙に書かれた憲法だ 一九八〇年代の舞台だという。郵便配達夫が山間の住人に郵便を配達して歩く。ひとたび配達に出ると二泊三日の大旅程になる。原題は『郡山、郡人、郡狗』で、「あの山、あの人、あの犬」だ。そう老配達夫は犬を連れている。大きな犬で、たしか「次郎」といっていた。次郎がいれば太郎の位(くらい)にたつものだっている。配達夫の息子だ。父親は引退して息子にこの仕事を続けさせようと思っている。息子は、時代が変わってる、自転車でも自動車でも走っているではないか。無理して昔からの山道を行かなくてもよかろうに。そう思っている。

途中、村から離れたところに盲目の老婆が一人で暮らしている。息子は都会に出て行き、ときどき仕送りをしてくる。老婆は郵便配達の親父さんが息子の手紙を読んでくれるものと待っている。父親が、「元気ですか」と読み上げ、後を息子に読ませる。母親への便りといっても、仕送りの金を包んだだけの紙で、なにも書いていない。配達人の息子は戸惑い、父親がこれまでこうした余計な「親切」までもしてきたのかといぶかるが、ふと、口をついで出てくるのは「ぼくは仕事で忙しいけど……」という老婆の聞きたい言葉だった。

配達の道中で村祭りがある。息子がドン族の娘と楽しく踊っている。父親が若いとき、配達の途中で足を痛めた娘を助けたこと、その娘と結婚したことが語られる。すべてはありそうなことで、なにも非凡な話ではない。だが、この映画をみると、あのドンパチの紙芝居がうとましい。父親の愚直なまでの仕事ぶりに付き合っていくうちに、配達に出るとなかなか帰ってこなかった父親を恨んでいたことが悪いことのように思える。息子は父の仕事を継いでいくだろう。

場末の映画館でも、自宅のTVでも、大劇場でも、どこで観ようと、五十年前の映画と思ってもいいし、今の今、全世界の人々に隣人愛、家族愛、そして世界平和を考えるための――やめよう、そんなありきたりの説教はいらない。この映画、白紙に書かれた憲法だ。まっとうに読めれば、もう成文の憲法などいらないだろう。

戦争や争いの歴史を描いた映画から、
平和への思いを強く感じとることもありますが、
まったく争いの出てこない、こんな映画をじっくり味わうことで、
「平和とは何か?」を考えてみたくなりました。
藤岡さん、心あたたまるコラムをありがとうございました!

ご意見募集!
ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。
このページのアタマへ