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9条的シネマ考

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映画を見終わったら、アメリカの憲法が口ずさめるようになるかもしれない?
第8回は、大富豪の愛人で無知な美女と、知的でハンサムだが
堅物なジャーナリストの恋愛コメディを描いた『ボーン イエスタディ』
(1993・米 監督 ルイス・マンドーキ)です。

藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。
著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。

第8回『ボーン・イエスタディ』

パッケージ
(C)Hollywood Pictures Company
DVD発売中
発売元: ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント
税込価格: 1、890円

いくら名著といわれても、途中で投げ出してしまう本がある。*1)『アメリカの民主主義』がそれだ。アメリカを知るためには読まなければならないと頑張ったのだが、あまりにも現実のアメリカが民主主義とほど遠かったのか、ぼくの読解力がお粗末だったのか、あるいは名著にありがちな難解翻訳だったのか、手元において半世紀、いまだに完読していない。

それが、映画『ボーン イエスタディ』をみて読む気になった。なぜといって、ハリウッドの名花の一人メラニー・グリフィスが読んでいるじゃないか。読むだけではない、ラスベガスのダンサー上がりの「非知的」美女役なのだが、この美女、やがてすっかり民主主義をわがものとして、敢然として政治の腐敗に……というとおおげさだが、成金亭主に別れを告げて出て行ってしまう。


自らを嘲笑する精神

成金亭主役はジョン・グッドマンだ。以前『ラルフ一世はアメリカン』というコメディーがあって、肥満そのもののジョンが英国王に即位するというドタバタ、英国社会をおおいにからかった(一方アメリカ人も十分にからかっているが)映画に出ていて、この俳優さんの異様な肥満ぶりそのものが風刺精神に似合っているのかと妙に感服したことがある。

風刺、諧謔(かいぎゃく)は「自らを嘲笑する精神」から生まれる。だが、そんな厄介なことを詮索しないでも、グッドマンが登場すれば事足りる。そして相方に前述の美女を配する。

議会のロビイスト連中に金をばら撒いてうまい汁を吸おうという不動産屋のグッドマンがワシントンD.C.に乗り込んでくる。社交の席で、ダンサー上がりの美女メラニーが無教養をさらけ出す。超豪華ホテルの部屋に閉じ込めておくわけにもいかないので、なんとか教育してくれと、家庭教師をつけることになる。それが中年の新聞記者役のドン・ジョンソン。彼が選ぶ教材が『アメリカの民主主義』だ。そしてパーティでは、*2)First Amendment(憲法修正第1条)やら15条やら19条をたちどころに引用、将軍を初めとして紳士淑女のど肝を抜く。見せ場は晩餐会でAmendmentを歌にして、それこそ皿小鉢を叩いて歌いまくるところ。



19世紀は古くない

アメリカの民主主義、それを支える憲法も、言論の自由、人種差別廃止、女性の選挙権……と修正、修正でなんとか凌いできたが、それでもこの有様。不動産屋が政治家と結託して税金を盗もうとしているし、裁判沙汰も金次第、おまけに「非知的」大統領の出現だ。ズボンの窓しっかり閉めてるかい、とからかいたくなる。そんな歌が聞こえてくるじゃないか。

この映画を作ったプロデューサーはすごい人だな、と思ったが、それだけではない、交わされる台詞の面白いこと。それもそのはず、ガーソン・カニンの原作もので、そもそもはお芝居だったという。舞台にのせるのだから、台詞の一言一句が入念に計算されているのは当然か。

この作品はまた、リメークもので、もう半世紀も昔だが、ウィリアム・ホールデンが家庭教師役で出ている。美女役はジュデイ・ホーリディー。観ていないので残念だが、くらべると面白いだろうな。レーガンもクリントンもブッシュもいなかった時代だ。なにを風刺していると思わせるだろう。


*1)
フランスの歴史学者トクヴィルが1835年にアメリカ刑務所の視察旅行を行って書いた政治学の古典的名著。(藤岡記)

*2)

First Amendment
[the〜]【米】 憲法修正第1条《議会が宗教・言論・集会・請願などの自由に干渉することを禁じた条項:1791年権利章典(Bill of Rights)の一部として成立した》

Nineteenth Amendment
[the〜]【米】 憲法修正第19条《女性に選挙権を保障した条項:1920年成立》

Fifteenth Amendment
[the〜]【米】 憲法修正第15条《人種・皮膚の色・奴隷であったかどうかなどにより投票権を制限することを禁ずる条項:1870年成立》

以上【研究社 リーダーズ英和辞典第2版+プラス】より



戦争のたびに「自由と民主化」を持ち出すアメリカ。
果たして「アメリカの民主主義」ってなんだろう。
風刺や諧謔に満ちたせりふや、ヒロインが歌う“憲法修正の歌”から
聞こえてくるものに、耳をすませたいと思います。

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