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9条的シネマ考

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自分や家族の命さえ無事ならば、それでいいのか。
人間の尊厳とは一体何なのか。
第5回は、ナチス・ドイツの時代に生きたフランス人の姿を
コミカルに描いた『バティニョールおじさん』
(2002・仏 監督・脚本・主演 ジェラール・ジュニョ)です。

藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。
著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。

第5回『バティニョールおじさん』

パッケージ
バティニョールおじさん(103分)
発売日: 2003年8月8日
発売元: アルバトロス/パンド
税込価格: DVD 4,935円(PAND1160)
VHS 16,800円(ALB4960)
※吹替版も有
 TV連続ドラマの『女警部レスコー』という人気番組がある。タイトルバックはもちろんレスコー警部だし、片腕(両腕かな)になる刑事たちが顔を出している。おかしいのは警察署の受付で頼りない顔をしている巡査もちょいと顔を出す。この巡査役、ドラマでは大して重きを置かれていないのに、なぜかと思っていたら、やってる俳優さんがジャン=ポール・ルーヴといって名のある性格俳優だった。『バティニョールおじさん』では、おじさんの娘婿になる男の役で、隣りに住むユダヤ人一家の脱出をナチに通報している。ヘマをやってはレスコー警部に助けられていた気の弱い巡査とは大違いで、対独協力者の出世主義者だ。もっともこの映画では、せっぱつまったバティニョールおじさんに刺されてしまうが。

インテリじゃない、サルトルでもカミュでもない庶民が怒った
 そう、この映画は紛れもないレジスタンス映画だ。ペタン政権がナチにパリを無血で明け渡し、ド・ゴール将軍がロンドンに逃げ、ルイ・アラゴンが『フランスの起床ラッパ』*を謳いあげたレジスタンスだ。ユダヤ人が大量虐殺され、そしてノルマンディー上陸作戦でパリ解放。それから60年。この時代を描いた映画は山ほどあるが、ほとんどが今では「名画」といわれたままお蔵入り。だが監督、脚本、主演でこの映画を作ったジェラール・ジュニョは「この時代は完全に過去にはなっていない」といっている。

 物語は単純といえば単純。平凡な肉屋の親父さんがユダヤ人の子供たちを助けてスイスに逃れていく。それだけ。細君がなじる。娘婿のようにちょっとだけでもナチに協力したらいいのに、と。でも流れに抗するのは(いや流れに乗るのかな)得意じゃない。「おれはフランス人だ」といって動かない。ユダヤ人の男の子が紛れ込んでくると、ただただ処置に困っただけで匿ってしまう。善人でお人好し。なんとかこの子を厄介払いしようとユダヤ人の親戚を訪ねていったら、そこに男の子の従妹が二人いた。おじさんはたまげるが、観客も意外な展開に驚く。驚くだけじゃない、背筋が寒くなる。 結局は3人のユダヤ人の子供たちを連れてスイスへ向かうのだが、国境近くでフランスの警察に捉われた男の子を助けに行き、署長に向かってまくしたてる。

 「フランス警察はドイツ軍よりもひどいときいていたが本当だ……ユダヤ人は嘘つきだとでもいうのかね。そういう悪口に何年も耐えてきた。なんでもユダヤ人のせいだ。フランス人に家を奪われ、家財を盗まれた。私は医者だ、外科医だ。愚か者も治療した。第一次大戦では仏軍として参戦して自由のために戦ったよ。19年もパリに住んでいるが法を犯したことはない。税金も納めている。その税金であんたらの給料も出ている。恩を仇で返すのか。人間のくずはどっちだ」

 およそ、こんな風だ。激したフランス人のバティニョールおじさんが、ユダヤ人の外科医に成り変わって口角泡を飛ばしている。


人間の尊厳を問う庶民のヒロイズム
 すごかった。この場面をみれば、作者のいいたいことが分かる。

 ジェラール・ジュニョは、はじめ題名を“On ne pouvait pas savoir......(だれも知ることはできなかった……)”としたかったという。だけど末尾の“......”が抜けたり見落とされては困る。“......”に意味がある。

 ユダヤ人が家畜用の貨車に積み込まれて、やがてガス室に送られる。人の脂肪で石鹸がつくられる。髪の毛は毛布だ。薬殺、人体実験――強制収容所で何が行われていたか。「だれも知ることができなった……といえるのだろうか。知らぬ方がいいと思っていたのではないか」。原題にある“......”のもつ意味はここにあるようだ。自分の人生を、なるようになるさ、といいくるめて生きてきた男が、子供を守るうちに人間の尊厳に気づき、気づいたらこういう抵抗運動もあった、という話だ。

*ルイ・アラゴン。フランスの詩人、小説家(1897−1982)。半世紀前の日本の若者たちは、アラゴン、サルトル、カミュたちのレジスタンスに共感していた。フランスの詩人、作家が時代の流れを主導していたかに思えた。敗戦後の「絶望」にどれだけ勇気を与えたことか。彼らは命がけで「魂」のありようを問いかけていた。「人間の精神を発達させて、憎悪や殺戮のような精神の病に対する抵抗力をもたせることはできないものか」。1933年にアインシュタインがこういっている。「時間がかかるかもしれないが」とフロイトが答えている。ロンドンの同時多発テロをみて、今さらながら二人のユダヤ人の言葉が思い出された。藤岡記)

この映画は軽快な音楽と軽いタッチで笑わせつつも、
戦争によって不安を抱えた人間が尊厳を取り戻し、
人生を選び取っていくことの大切さを教えてくれます。
観終わった後、楽しい気分にさせてくれるのがイイ!
ぜひビデオ屋さんで探してみてくださいね。

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