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埋もれていた歴史が語る、真の英雄とは、ほんとうの勇気とは?
第4回は、アイルランド独立闘争の英雄の半生を描いた 『マイケル・コリンズ』(1996・米 監督ニール・ジョーダン)です。
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藤岡啓介(ふじおか けいすけ)翻訳家。1934年生まれ
長年、雑誌・書籍・辞書の翻訳、編集者として活躍中。 著書に『翻訳は文化である』(丸善ライブラリー)、
訳書に『ボスのスケッチ短編小説篇 上下』ディケンズ著(岩波文庫)など多数。 |
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マイケル・コリンズ 特別版
発売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
税込価格:2,100円
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この映画、取り立てて名のある女優さんが出てこなくてもいいのに、あのジュリア・ロバーツが出ている。『ノッティング・ヒルの恋人』で、汚れた服を着替え殺風景なアパートの冷蔵庫の(色気のない話だけど、冷蔵庫だった)前に立った彼女が最高にきれいだったな。姿の良さが際立っていた。姿が良い女優さんはそうザラにいないからね。ジュリアが出るなら、見逃してなるものか――これがこの映画を見た理由の一つで、騙された。彼女、無理して出る映画ではなかった。
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それから騙されたといえば歴史だ。知ってるつもりの歴史に騙されていたんだ。この映画はアイルランドが英国から独立するときの話だ。ひところ頻繁にテロ活動をやっていたIRA(アイルランド共和国軍)の話を映画『父の祈りを』で見ていたけど(これ、すばらしい映画だぞ)、そこには英雄コリンズのことは見えなかった。ブラピことBrad Pittがテロ組織の一員になって、ハリソン・フォードと渡り合う『デビル(The Devil’s Own=厄介な、の意)』、迫力あるシーンが衝撃的で、ブラピもたんなる美男子扱いをされていなかったので、今度は本格的なアイルランド独立闘争の英雄コリンズが主役の映画だ、我らがジュリアもたんにお人形さん扱いはないだろうと思っていたのだが――また脱線してしまった。
話は歴史だ。イースター蜂起の1916年から1922年の内戦までが映画の舞台。蜂起の首謀者たちは無残にも銃殺され、英領アイルランドも収まったかに見えたとき、26歳の青年コリンズがとつぜん現れ、武装闘争を組織していく。やがて彼は英国との交渉役に選ばれ、不本意ながら戦闘を打ち切るための妥協をする。事実上の屈服だけれど、アイルランドが自覚しただけでも闘争の意味があると考えたんだろうな。彼に交渉役を頼んだデ・ヴァレラは強硬派に押し切られて、コリンズを見捨ててついには彼を暗殺させてしまう――おおよそはこうした話で、英国が800年もの間属国扱いしてきたアイルランドが、世界的な革命運動の中でついに立ち上がり、半世紀前に大飢饉でアメリカに逃れた何千万ものアイルランド人が資金協力をし、共和国を築いた、などなどややこしいことが一杯詰まっている。
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それがどうして騙したことになるのか? ぼくらが知るアイルランド史では、後の大統領デ・ヴァレラの名前はあっても、彼が見捨てたコリンズの名はテロリスト程度にしか書かれていない。この映画を見てほんとのことをずいぶんと知ったのだから、騙されたなんて変だな。そう、変なんだ、すごく変な感じなんだよ。騙されたのが良かったなんてこと、珍しいことだ。しかも、独立も平和も、武装放棄なんて恰好のいいことを議論していても始まらないってことが理解できる。悲痛な思いがあるんだ。
アイルランドは泥炭だけがあって穀物はなくジャガイモだけという貧相な土地だよね。英国に収奪されて食うものがない、空手じゃいられない。だからホッケーのスティック、それに松明を手にしたんだ。相手は戦車まで繰り出してくる。脱獄、個人テロ、スパイ、拷問、家捜し、大量殺戮、裏切り、なんでもある。恋もある。ジュリア・ロバーツ扮する婚約者が花嫁ドレスを選んでいたとき、コリンズが狙撃されている。
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英国との妥協をして帰国したコリンズは国民評議会で言っている。「ここにいる全員に強く訴えたい、私をなんと呼ぼうと構わない。頼むから国を救おう。条約を拒めば戦争だ。それは悲惨なものになる。自由と平和の代償としての汚名なら喜んで被る」
これ、すごい言葉だ。勇気ある政治家だ。映画を見て書き取っておけばよかったけど、インターネットのお陰で手に入った。ミュージシャン中川敬さんのサイト。彼は「非戦音楽家会議」の発起人で、「米軍はイラクでの軍事行動を即刻中止し、一般市民の生命と尊厳を守れ! 非戦音楽人会議はイラクからの自衛隊の即時全面撤退を要求します」のスローガンで演奏活動を続けている。こういう人に会いたいな!!
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映画は、世界史の教科書の中では描かれない偉人が 存在することを教えてくれます。
次回の映画コラムもお楽しみに!
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