三上智恵の沖縄〈辺野古・高江〉撮影日記

ヘリパッド建設やオスプレイ強行配備に反対する沖縄本島北部・東村高江の住民たちの闘いを描いた『標的の村』、そして美しい海を埋め立てて巨大な軍港を備えた新基地が造られようとしている辺野古での人々の戦いを描いた『戦場ぬ止み』など、ドキュメンタリー映画を通じて、沖縄の現状を伝えてきた映画監督三上智恵さん。今も現場でカメラを回し続けている三上さんが、本土メディアが伝えない「今、何が沖縄で起こっているのか」をレポートしてくれる連載コラムです。不定期連載でお届けします。

第57回

高江大弾圧~臨界点を超えた政府の暴力~

 運命の7月22日、夜が明けるとやんばるの奥地を走る県道70号は、機動隊であふれかえっていた。県外から500人、沖縄県警を合わせると800とも1000人とも言われているが、予定地に繋がる4カ所に同時に押し入った警察官と、途中途中の車両や物資の集積地、検問ポイントや裏のダムに隠れている人員を合わせたら、やはり800人は動いていたと思う。とにかく、狂気の動員だった。今回、明らかに国はある一線を越えてしまった。

 参院選が明けてから、日に日に追い詰められていく高江の工事予定地で、国の実力行使の着工予定日を翌日に控え、21日に緊急集会が開かれた。平日の午後2時、炎天下。突然の呼びかけにもかかわらず、なんと1600人が高江の通称「N1ゲート前」に集まってきた。過去10年、高江の取材を続けてきたが、1000人を超える人がここに集まるなんて、もちろんかつてなかったことだ。

 ゲンさん夫妻も伊佐さん夫妻も、ついに県民が本気になってくれたと喜びを隠さない。1600人なら機動隊の倍の人数だ。明日未明には通行規制がされて応援に来ようにも近づけなくなることから、できる限り泊って欲しいと呼びかけた。しかし、宿もない山の中である。ほとんどが帰ってしまったため、夕方にはいつもの100人くらいの人数になった。これではあっという間に排除されて終わりになる。現場に焦りが広がった。

 6時半ごろ、私たちはテントからだいぶ離れた路肩に車を止めた。そのときおもむろに「駐車違反」の看板が私たちの車の前後に立てられた。名護署によると、その看板からテント寄りの車はすべて駐車禁止で、レッカー対象だそうだ。そんなあと出しの交通ルール、ありえない。駐車したときには規制がなかったのに、車に戻ったらあたり一面が駐禁になっているなんて!

 「非常事態なので名護署長の権限で規制ができるのだ!」。幹部らしき警察官がやみくもに怒鳴って立ち去った。このあとのレッカーも、テントの撤去も、過剰な警備も、手すりや柵の設置も、全部「非常事態」の名のもとに進めるつもりなのだ。ここはもう法治国家ではないのか。内容を問わずに国策なら是であり、それを進めるために警察権力はあらゆる権利を市民から取り上げることができるのなら、それはもう恐怖政治ではないか。

 夜中1時を過ぎたころから、道の両側は人と車で埋まってきた。さすがに沖縄県民、かなりの数が戻ってきてくれた。市民側の車は200台以上。私の目算では300人近くが建設を許さない覚悟で結集してきた。

 ヒロジさんを中心にいくつかの作戦が立てられていた。1つは、道の両側に止めた車をじりじりと中央線に向かって移動させ、大型車両やレッカー車を通れないような陣形を作ること。夜中の3時にその作業が始まった。警察は4時には県道を封鎖、5時にはレッカー移動を始めるという計画だ。4時も回って、もう援軍も道路封鎖で近づけなくなったことを確認して、県道全体に車をパズル状に配置した。

 「これでレッカー移動はかなり難しくなった!」
 第一段階は勝利だとヒロジさんは気勢を上げた。

 しかし、全国から集められた機動隊員は、夜明けと共に南北両側から一気になだれ込んできた。確かにレッカー車は入れなかったが、車輪のようなものがついたジャッキを車の下に手際よく入れていき、一台につき20人が襲い掛かればあっという間に車は浮く。そしてみんなの手で押して「だんじり」のように号令をかけながら車を引っ張っていった。毎回、車の下にしがみつく人たちを、まるで果実に取り付いた虫を取り除くように淡々と引き剥がして、バリケードの車は端から順に機動隊の手で運ばれていった。

 次に運ばれる車によじ登り、屋根に座り込んだ女性が叫んだ。

 「沖縄を返して!
 私たちの生活を返して!
 子どもたちの未来を元に戻して!

 …守れなかったんですよ
 私たち大人は 子どもを守れなかった!
 警察も守れなかったーっ!

 また犠牲者つくるんですか?
 新しい基地を造って?」

 私も悔しくてカメラを持つ手が震えた。彼女はRINAさんのことを言っているのだ。米軍が70年間も我が物顔で居座るこの島は異常だと思いながら、状況を変えられなかったこと。守るべきものを守れなかった惨めさ。悔しさ。自分への怒り。その思いが彼女を突き動かしているのだろう。今回はこういう場所ではあまり見ない女性たちの姿が目立った。4月末に起きた暴行殺人事件は、まだ多くの人の心に突き刺さったまま、悲鳴を上げている。

 今日の防衛局側の最大の目的は、N1と呼ばれる予定地に進入するためのゲートを確保することだ。そこには9年前から車を並べ、テントを張って見張りを立ててきた。資材が入れられればまた投げ返してでも、これまで死守してきた場所だ。ど真ん中に置かれた街宣車の上に陣取った市民を引き摺り下ろそうと警察官がよじ登る。怒号と悲鳴がいっそう大きくなり事態は緊迫した。その中で一人の女性がロープの絡まる中、首を絞められる形になり、その騒動を近くで見ていた女性も気を失って病院に搬送されてしまう。怪我人と逮捕者は出さない、と決意を何度も述べてきたヒロジさんはたまりかねて車に上り、叫んだ。

 「もうやめてくれ。もういい! こちらも降ろすから、もう手を出すな!」

 いつもカヌー隊として海に出て行くその女性は、辺野古の信頼できる仲間だった。彼女らを傷つけてしまったことにヒロジさんの心は折れた。まだ午前、早々に白旗を上げる形となった。これ以上怪我人と逮捕者を出すよりも、仕切りなおして工事を止める。仲間を守り、その力を残して引き際を決断すること。それがヒロジさんの流儀だった。

 翌朝の県内紙のトップは高江工事強行。暴力的で痛々しい写真が大きく掲載されたが、呼びかけもしないのに100人以上がやんばるの森の中にまた集まってきた。朝日を浴びて、その顔は朗らかでさえあった。

 「負けてないですよ、これからですよ」
 「そう、これからが肝心!」

 また、またしても沖縄県民の強さは私の予想を超えていく。わたしは、こんな場面を見ないですむように『標的の村』を映画にまでして全国行脚したのに、なんて無力なんだろうと大泣きしてぺっこり凹んでいた。丸50時間以上寝ていない目で泣くから悲惨な顔になっていた。なのに、森に集まった人たちの前向きなオーラは、なんなのだろう? 私はまだ彼らの一員にはなれていない。

 それにしても、今回の常軌を逸した政府の手法は「ティッピングポイント」を超えたと感じた。ある事象が臨界点を超えて一気に崩壊していくさまを見た気がしたのだ。いくら政府が決めた国策といえども、私たち国民には異議を唱える権利がある。その前提で、沖縄県民は基地の重圧に対して長い間非暴力の抵抗を重ねてきた。これまで、県民を排除する側にもある一定の良識があったと思う。これ以上力ずくでやると民意を敵に回すので加減するという線が、国家権力にもあったはずだ。しかし、丸腰の県民に対し異常ともいえる物量で迫り、まるで勝つことが決まっているモンスター退治のゲームのように抵抗を押しつぶしていった今回の国のやり方に、私は恐怖を感じた。自公政権の議員を全部落とすような沖縄には、もはや手加減など必要ない、という現政権の本性を見た思いだ。

 高江は辺野古の前哨戦。本気で和解も協議もする気がない安倍政権が、次は辺野古にこの手法を拡大して迫ってくるのは間違いないだろう。辺野古の埋め立てが始まるときには、海上自衛隊も呼んでくるのかも知れない。第一次安倍政権は掃海母艦「ぶんご」を辺野古に出動させた経緯もある。なりふり構わないこの政権の暴走がどこまで行くのか、わたしは本当に恐ろしいと思う。矛先は今後、沖縄だけではないだろう。でも翌日の新聞のトップはポケモンGOだったというから、もはやそれを止められる力がこの国の国民にあるのかどうか。本当に倒すべきモンスターは、スマホの外にいるというのに。

三上智恵監督新作製作のための
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『戦場ぬ止み』のその後――沖縄の基地問題を伝え続ける三上智恵監督が、年内の公開を目標に新作製作取り組んでいます。製作費確保のため、皆様のお力を貸してください。

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店名:〇一九 店(ゼロイチキユウ店)
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加入者名:沖縄記録映画製作を応援する会

 

  

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第57回高江大弾圧 ~臨界点を超えた政府の暴力~」 に12件のコメント

  1. magazine9 より:

    「沖縄は、ずっと悔しい思いをしてきたんだ」と話してくれたのは、辺野古のゲート前に通う読谷出身の男性でした。「悲しい」のではなく「悔しい」のだと。豊かな自然に囲まれた小さな集落でのささやかな暮らしを守りたいと願う市民が「敵」なのだとしたら、国が尊重すべきものとは、何なのでしょうか? 力ありきで、協議しようという姿勢すらもたない政府。それよりももっと怖いのは、その政府の存続を許してしまっているこの社会です。「非常事態」のもとに力を振りかざす警察の様子に、これから始まる改憲論議のことも思わずにはいられません。

  2. 高橋美枝子 より:

    悔しいですね。抵抗することを選ぶ事は、これから命をかけて闘い続けるということなんですね。日本のこれからは、戦前なのでしょうか?

  3. 田中洌 より:

    N1ゲート前のにわか作りの森で訴えるひとたちのことばをみんなで聞きながら聞き入るその人たちの姿がパルチザンのように見えた。戦いに結局負けるかも知れない。しかし、ゲリラ戦に持ち込んでもしかしたら勝つかも知れない。そう思いながら、N1ゲート裏のおとんたちや2ヶ月前にチビといっしょに津波に移住してきたねーちゃんたちの助けを借りて何とか本土に戻ってきた。3日からもう一度行きたいが、もっと残っているはずなのに残高が6万しかないので、こっちでとにかく戦うつもりだ。

  4. 田中洌 より:

    三上さん、ありがとう。あちこち探したけど会えなかった。別に会えなくてもいいと思っていたから。しかしいい記事といい絵をありがとうございます。

    全国から高江に来て欲しいです。

    二度目の厚かましい投稿です。ごめん。

  5. 北村 信二 より:

    安倍政権にフリーハンドを与えている地域の人間として、本当に沖縄の人に申し訳ない気持ちです。せめて支援に行く人に少ないですがカンパをすることにします。

  6. AS より:

    予兆まであった相模原の障害者福祉施設襲撃を防げなかったくせに、こういう事だけは手回しがいい安倍自民党政権。

  7. 田中洌 より:

    三度目の投稿です。申し訳ありません。

    何だか行けそうです。かーちゃんが帰ってきたら酒を飲まないという条件で「行きなさい」と。

    前に辺野古で肋骨をやられてえらい想いをしたので、気をつけたいけどやられるかも。

    N1裏には「戦うようになってすてきになったね」とかーちゃんにいわれたおとんがいる。
    お会いして、彼のそばで野宿したい。

    ともに戦おう!

  8. 福田 より:

    初めまして。昨夜、標的の村を見させて頂きました。ベトナム村のくだりは、、心がさらに痛かったです。なんで同じ沖縄人同士が敵味方になって戦わなくてはいけないのか。なぜおなじ日本人同士が分断させられ『戦わされているのか』。姿をみせないゲートの向こうのアメリカさまに、深いいきどおり、かなしみを感じずにはいられませんでした。アメリカさまと書くのは皮肉でも自虐でもなんでもありません。東京の空を自由に飛べない、真の占領憲法が続く現実を生きているからです。武士時代に例えれば、悔しいけどもアメリカさまは、敗戦以来ずっと戦後藩主さま。私は、名前は日本でもアメリカ国の占領地に住ませてもらっている、言われたままに年貢をおさめるひとりの民の認識です。日本という名の株式会社アメリカ日本支店の運営を任された日本代表は、藩主さま、社長の命令には絶対です。ケンカに負けたんですから。食べるための手段として選んだ警察職につかれる人が同じ沖縄人、日本人であったとしても、どこまでいっても日本支店の本社員ですから、社長の命令には絶対ですから、どうすることもできないです。防衛局の人たちも日本支社員。心を殺し、ほん心はきっと泣いている。そう信じたいです。アメリカ本社の現場の人達でさえ、食べていくために心を消して、もしくは消されて仕事をさせられているのでしょう。70年前に強制占領、アメリカ日本支社にされて以来、ぐうの音も出ないほどに抑え込まれたままの日本国。その舵取りを担う日本支社代表の皆さんに、新しい社長であるアメリカさまに立ち向かう気力、胆力、すべを求めても埒はあかないと感じています。ですから、本当なら頼りにしたい一家の長兄であるはずの安倍総理に、いくらなにを求めても止まらないです。藩主さま、絶対的社長の御意向には逆らえないですから。ではどうしたらいいか。やっぱり、藩主さま、社長である親元に向かうしかないと感じています。まずは東京のアメリカ大使館に100人、1000人を送り込み東京発世界の良心に訴える他、真の解決に至る糸はつむがれないと感じています。ですが、ふつうの会社と同じです。いらない。だけでは、社長の気持ちは変えれません。代替え案なくして社長は納得してくれません。民の総意はいらない。ですが、社長が喜ぶ代替えあん。帰ってもらえる代替え案。今さらですが、もう一度ふかく、もう一度ふかく探してみつけて提案していきませんか。すいません。勝手なことを書きました。今後双方、誰1人けがすることなく、アメリカさまによる高江計画、辺野古計画が断念に至りますよう。おけるなら、世の中の本当のしくみが話せる立場に身をおきたいです。どこかにきっと、三方良しの道がある。つくってひらいていきたいからです。

  9. 藤野 より:

    はじめまして。
    記事を本日、拝見させていただきました。非常に恐ろしい事実だと思います。これ以上、政府の非人道的な行動を許すことはできません。また、日本のマスコミもあてにできません。
    そこで、提案ですが、上記の記事を英語に翻訳して、海外のマスコミや、SNSを使って海外の人にも情報を拡散し、協力依頼をするのはいかがでしょうか?
    私の英語は完璧ではありませんが、翻訳なら少しはできますので、上記の提案にご賛成であれば、ご返信よろしくお願いします。(できれば、英文の添削をしてくれるネイティブがいれば、更にインパクトのある翻訳ができると思います。)

  10. 坂田宏子 より:

    FBで、高江の状況を知ることができています。法治国家の日本の中で、これほどの無法が政府の名のもとに行われている。そこでひたすら、闘い続けている方たちがいる。
    このままでいいはずがないと思うのですが、駆けつけることも、できません。体がゆうことをききませんので。

    カンパであれば少しは協力できるかと思います。

    頑張ってください。

  11. oyaoya より:

    7.22の惨劇を知りませんでした。すいません。2014年3~6月にかけて石川県では約2000名が「標的の村」を鑑賞しました。カンパも多く集まりました。でも7.22は知りませんでした。平和フォーラムから事態を知らせることはありませんでした。山城博治が悪いのか…。そんなとき、北信越ブロックの幹事県から「沖縄が大変なことになっている、8.5が次の山だ、行けませんか、と」。そんな訳で8.5~8.8にようやく高江に二度目の参加をしたのです。ドキュメントは省略しますが、沖縄だけではだめです。せめて土日だけでも本土の部隊が連帯参加をする必要があります。意見は既に平和フォーラムにあげました。8.19,9.19には沖縄連帯を地元でアピールします。がんばりましょう。

  12. 山内金久 より:

    闘いの現場からの報告、ありがとうございました。少しカンパを送らせていただきます。

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三上智恵

三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督/東京生まれ。大学卒業後の1987年、毎日放送にアナウンサーとして入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移り住む。夕方のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、「海にすわる〜沖縄・辺野古 反基地600日の闘い」「1945〜島は戦場だった オキナワ365日」「英霊か犬死か〜沖縄から問う靖国裁判」など多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会 放送ウーマン賞を受賞。初監督映画『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、キネマ旬報文化映画部門1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭監督協会賞・市民賞ダブル受賞など17の賞を獲得。現在も全国での自主上映会が続く。15年には辺野古新基地建設に反対する人々の闘いを追った映画『戦場ぬ止み』を公開。ジャーナリスト、映画監督として活動するほか、沖縄国際大学で非常勤講師として沖縄民俗学を講じる。『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。
(プロフィール写真/吉崎貴幸)

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