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2011-08-24up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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自然は静かに移ろうけれど

 「マガジン9」が合併号で1週間お休みしている間に、なんだか夏も峠を越したようで、このところやや涼しい。

 「夏だ!猛暑だ!節電だ!」と、凄まじい勢いの大宣伝がマスメディアを席捲したけれど、どうも怪しい。原発再稼動を狙う電力会社の手練手管だったようだ。それに乗っかって、NHKまでが「電力予想」なんてことを始めたんで、話がややこしくなった。
 特に東京電力管内では、「原発がぶっ壊れたんで電力が足りなくなるゾ」とNHKをはじめとするマスメディアに、我々無知な(!)消費者は激しく刷り込まれてしまった。ところが、いつの間にかそんな話はどっかへ吹っ飛んで、東電は「足りないなら融通しましょうか」なんて、東北電力や関西電力に「売電」し始めた。
 あんまり電力不足をアピールしたもんで、無知な(!)消費者が「やれ節電だ!それ節電だ!」と電気を消費しなくなっちゃった。だもんで、東電は“商売モノ”の電気が売れなくなって、逆に困っちゃった。売れなきゃ利益は減る道理。なにしろ、自社商品を「なるべく使わないで」と宣伝するんだから妙な話。
 というわけで、結局のところ、余った“商品”を、他の電力会社へ売らなきゃならない事態になっちまった。「融通」なんてキレイな言葉を使っているけれど、実際は「売電」なのだ。そうしないと、東電の売り上げは下がりっぱなしになる。それが、この夏の“大節電ブーム”のお粗末な幕切れだった。
 しかしよく考えてみれば、そのおかげで、いったいどれだけの人たちが亡くなったか。“エアコン我慢”のお年寄りたちが、何人救急車で運ばれたか。僕は、今回の“大節電キャンペーン”は犯罪に等しいことだったと思う。「原発がなくなれば電力不足になるゾ」の脅しが、特に「お上には逆らわないお年寄りたち」を直撃したのだから。
 さらに原発事故が、お年寄りの心をまで痛めつけた。毎日新聞(8月20日付)が報じている。

原発20㌔圏 避難が体むしばむ
介護認定 1年分5カ月で 双葉郡7町村800人
 東京電力福島1原発事故後、原発から半径20㌔圏内の警戒区域にかかる福島県の9市町村で介護申請が急増し、うち双葉郡7町村では既に昨年度1年分を超える800人余りが新たに介護認定を受けたことが、各市町村への取材で分かった。多数の高齢者が避難を強いられ、心身の状態が悪化したり、世話をする家族と離れたことなどが背景にあるとみられる。(略)
 双葉郡7町村では862人が申請し、804人が認められた。この7町村では10年度、新規申請者は701人で、認定者は679人だった。(略)

 なんとも哀しい話だ。事故後半年もしないうちに、去年1年分の介護認定数を超えてしまったというのだ。原発さえなければ、まだ達者で畑仕事などを楽しんでいたかも知れない老人たちが、寝たきりになったり意識障害を起したりしている。むろん、震災そのものの影響も大きいだろうが、原発周辺で急増しているという事実は、震災よりも原発事故の恐ろしさを示唆している。
 むろん、高齢者だけを悲劇が襲っているわけではない。原発事故以後、働き盛りの世代にも、自殺者が続出している。
 こんな数字がある。6月7日に発表された警察庁の統計だ。

 2011年5月の自殺者数は、去年の同じ月より約18%増え、2カ月ぶりに3000人を超えた。3.11以降、2カ月連続で増加、特に5月は3281人で、前年同月よりも499人増えた。今年1~2月は前年よりも10~17%低かったが、3.11以降、急増している。
 特に原発事故の福島県での増加数が顕著だ。同じ被災地でも、宮城県は昨年と同数の50人、岩手県は8.6%減の32人だったのに対し、福島県は38.8%増の68人となっている。
 ただ、大都市圏でも自殺者数はかなり増えていて、東京都では前年同月よりも70人多い325人、神奈川県は50人増の210人、大阪でも7人増の206人となっている。

 復興への希望を見い出しつつある岩手、宮城の自殺者数が減少傾向にあるのに対し、原発事故の地元の福島では急増している。自殺者を「震災ストレス」で片づけようとする見方もあるけれど、これほどはっきりと数字が表わしている現実をみれば、自殺の大きな原因になっているのは、やはり「原発」と考えるのが妥当だろう。
 原発は、事故による放射性物質で人々の健康を損ねつつあるけれど、それ以上に不安と恐怖を撒き散らし、心を蝕んでいくのだ。
 震災の影響を直接に受けてはいない東京などの大都市圏でも自殺者が増えていることが、それを示している。元々、大都市での生活環境下では、抑うつ的な傾向を持つ人が多いのだが、その傾向が放射線量への恐怖や不安などで増幅され、自殺にいたるケースが増えているのではないか。これは僕の仮説に過ぎないけれど、もしそうであるとすれば、自殺者もまた「原発事故による犠牲者」だろう。
 原発事故の収束には、数十年以上(百年単位という説もある)もかかることが明らかになっている。とすれば、状況は決してよくはならない。今のままで行けば、今年は自殺者が5万人を超えるのではないか、と悲観的予測をする研究者も多い。そしてそれは、今年だけにとどまらない。原発がある限り不安は続く。不安が消えない限り抑うつ症状からの自殺者は減らないのだ。
 数年~数十年後、この国にはガンが多発するだろう。そのことへの不安もまた増幅される。日本は、世界でも際立った自殺多発国になるかもしれない。

 もっと深刻なのは、子どもたちだ。少し古いけれど、8月18日の朝日新聞は、衝撃的な事実を伝えていた。

甲状腺被曝 子どもの45% 福島県の1150人 3月下旬調査
政府担当者「問題ないレベル」
 (略)政府の原子力災害対策本部は17日、福島県の子ども約1150人を対象にした甲状腺の内部被曝検査で、45%で被曝が確認されていたことを明らかにした。(略)すぐに医療措置が必要な値ではないと判断されているが、低い線量の被曝は不明な点も多く、長期的に見守る必要がある。
 《解説》(略)事故後、数日内に急激に多量の被曝をして、その後相当量が減少することになる。緩やかに被曝する仮定よりも被ばく線量は多くなり、基準は毎時0.20マイクロシーベルトより厳しくなる。検査を受けた子どものなかに、精密検査を受けるべき例があった可能性もある。
 一方、国際原子力機関(IAEA)は6月に、甲状腺を被曝から守るために安定ヨウ素剤をのむ基準値を半分にして厳しくしたが、安全委はこの点を検討していないことも問題として残っている。
 将来にわたる被曝線量がどれぐらいになるかという推計は、個人の今後の健康への影響を予想するうえでは欠かせない。政府は今回の結果をもとに早期に、推計結果を通知すべきだ。

 政府の決まり文句「問題ないレベル」「ただちに健康に影響はない」が、ここでも語られた。だが、そんな言葉を信じていいのか。IAEAの基準値さえ反映されていないものが、どうして「問題ないレベル」と言い切れるのか。
 しかも、3月下旬に調査しておきながら、その検査の場では「健康に影響はない」としか保護者には伝えられず、詳しい数値は隠されたままだったのだ。保護者たちの不安は募る。説明を求める声が高まり、ついに発表せざるを得なくなる、といういつものパターン。
 何度、こんな隠蔽を繰り返せば気がすむのだろう。放射性障害が子どもたちを日々蝕みつつあるということよりも、責任回避が優先される官僚たちのやり方には、吐き気さえおぼえる。

 こんな記事もあった。毎日新聞(8月19日付)だ。この記事自体は、大部分は、不安やうつ状態を訴える大人たちのことをまとめたものだが、子どもたちの現状にも触れていた。その部分はこうだ。

放射線 心に負担 不眠訴える小学生「悪い夢見る」
福島・精神科受診増
 (略)子どものストレスも深刻だ。相馬市では6月、小学校高学年の男児が嘔吐や不眠を訴え、精神科医の診察を受けた。「放射線が怖い。悪い夢を見て、寝た気がしない」。医師によると、男児は外で遊ばず、開いている窓を見つけては閉め切っていた。(略)

 大人以上に、子どもたちは怯えている。
 僕は何度も「原発疎開」を訴えてきた。国が何もやらない。だから、自主的に避難した人たちも多い。だが、それをしたくても出来ない人たちのほうが圧倒的多数だ。だからこそ、せめて子どもたちだけは「原発集団疎開」をさせるべきではないか、と。
 ひとりでは不安だろう。だが、みんなで一緒に疎開すれば、多少の淋しさには耐えられる。それこそが、今、政治がやらなければならない最優先課題ではないのか。

 民主党の党首選? もうほとほと呆れ返る。
 前原誠司、野田佳彦、馬淵澄夫、海江田万里、鹿野道彦、樽床伸二、小沢鋭仁…。ドングリたちが転がり出てきた。
 誰が誰やらよく分からぬが、この中にまともな人物はいるのか? 原発をどうするのか、どうやって事故収束へ向かうのか、これからのエネルギー政策はどうあるべきか…。誰もきちんと語らない。
 東京新聞の記事(8月20日)のタイトルが、それをよく表している。

次の首相「脱原発」ゼロ 民主党代表選
「唐突過ぎる」「20~30年かけて…」
原発維持=経済成長?

 今、この国を覆っている不安感と閉塞感。それは明らかに原発事故がもたらした人々の心の揺らぎに起因する。その根本原因である「原発」を語らずに、いったい何をしようというのか。
 まず人々の不安を取り除くこと、そのための道筋を示すこと、それこそが党首選の最大争点にならなければおかしい。だが、そこをこの連中は避けて通る。焦点になるのは、相変わらず「小沢か脱小沢か」の空騒ぎ。バカバカしいにもほどがある。
 地獄の釜の蓋は、すでに吹っ飛んでしまった。釜の底で、放射能の業火は燻り続けている。どうやって火を鎮め、釜の蓋を閉じるのか。それが聞きたいのだ。

 少し涼しくなったので、散歩に出かけた。僕のもっとも好きな小川がある公園をノンビリと歩く。たくさんの花が咲いている。セミやカマキリ、トンボに蝶、自然は静かに移っていく。でも僕は、どうしてもいつもの季節と同じように味わうことができない。
 花の美しさが、逆に心をざわめかせる…。

 業火あり せめて地獄へ 手向け花

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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