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2011-05-18up

時々お散歩日記(鈴木耕)

46

「安全安心」を売り歩く
「原子力ムラ」の学者たち

 ついに東京電力が、福島第一原発1号機でメルトダウンが起きていたことを認めた。さらに、2、3号機でも「その可能性は否定できない」と歯切れ悪くメルトダウンを認めざるをえなくなった。
 事態はそうとうに深刻だ。あの爆発から2ヵ月以上が過ぎたにもかかわらず、一進一退どころか悪化の一途を辿っているようにさえ見える。超高濃度汚染水が次々に見つかる。それらを、ようやくいまになって認める東京電力。
 では、原子力安全委員会(班目春樹委員長)や電子力安全・保安院(寺坂信昭院長)は、こんな事態が起きていることを知らなかったのか。そんなことはあり得ない。結局、同じ「原子力ムラ」の住人として、なんとか事故を小さく評価しようと協力してきたのだ。だが、ついに隠し切れなくなった。そういうことだ。
 そして「私は早い段階から、その可能性を指摘していた」などと、いまになって言い訳に躍起の班目委員長。やがて「原子力ムラ」のムラ人たちの醜い罵り合いが始まるかもしれない。

 作業手順は狂いっぱなし。東電が作った「工程表」なるものがいかにいい加減だったか。
 5月17日に、2度目の「工程表」が東電から示されたが、それは最初の工程表に多少の訂正を加えただけ。本筋は6~9ヵ月で「冷却収束に持っていく」という"希望的作業手順"のままのようだ。次々と明らかになる悪化事態に対処する具体的な方策はあまりない。

 農水省は、「放射能吸収率を野菜別に発表する」ことにしたと発表。つまり、すべての東日本産の野菜に汚染の可能性がある、ということを認めたに等しい。
 神奈川県の新茶に続き、茨城県産のお茶からも、基準値以上の放射線量が検出された。これ以降、他の農産物からも、同じような値が検出されるだろう。福島原発からの放射性物質の放出は、いまも続いているのだから当然のことだ。
 多分、海産物についても、まもなく同様の措置がとられるだろう。何を食べれば安全か? 言葉を失う。
 壮烈に残念なことだけれど、我々の国はまさに崩壊前夜なのだ。

 にもかかわらず、マスメディアの鈍感さは度し難い。
 メルトダウンといえば、ほぼ破局的・終末的な事態だ。それなのに、いまだに「1号機、空冷式装置で冷却へ」とか「1号機をカバーで覆い、放射性物質の外部流出を防ぐ工事に着手」といったノー天気な報道を繰り返している。
 その上でさらに、「校庭は使えないので体育館で運動会、子どもたちの歓声が響く」などと、放射能汚染されている福島県内の学校の再開を楽しげに報じる有様だ。
 こんなバカな報道があるものか。遊べないほど汚染されている校庭を持つ学校で、子どもたちが授業を受け続けているのだ。影響が出ないわけがない。この地域の子どもたちの未来は、暗く切ない…。

 そんな福島県内を「この程度の放射線量ならば、子どもたちの健康に影響はない」と講演して回っている人がいる。
 山下俊一という長崎大学教授だ。放射線医学の専門家だというが、この人の講演内容が凄まじい。3月21日の福島市での講演では、こんなことを述べていた。

 放射線を被曝して一般の人が恐れるのは、将来ガンになるのではないかということです。しかし、100人が1度に100ミリシーベルトを浴びても、生涯にガンになる人が1人か2人ほど増えるだけです。日本人の3人に1人はガンで亡くなっているんですよ。ですから現状では、ガンになる人が目に見えて増えるということはあり得ません。
 放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます。これは動物実験で明らかになっている事実です。それに、酒飲みのほうが幸か不幸か放射線の影響は少ないんですね。決して飲めということじゃありませんよ(笑)。笑いが放射線恐怖症を取り除く、ということなんです。

 この人、ほぼ連日のように、福島県内を講演して回っていたのだが、5月3日に福島県二本松市で行った講演では、こんなことも。

 科学者としては、100ミリシーベルト以下では発ガンリスクが証明できないのだから、不安を持って将来を悲観するよりも、いまは安心して安全だと思って活動しなさいと、ずっと言い続けてきました。いまでも私は、100ミリシーベルトの積算線量で、リスクがあるとは思っていません。これは日本の国が決めたことです。私たちは日本国民です。国の基準に従えばいいのです。

 「科学者として…」だって? こんなことを、ニコニコ(?)と笑いながら話すこの人物、ほとんど正気とは思えない。
 100人に1人か2人のガン患者が増えるだけ? 
 それならば、1万人の子どもが被曝したら、100~200人が新たにガンを発症するということになるではないか。今回の事故で、いったい何人の子どもたちが積算100ミリシーベルト以上の被曝をすると見ているのか。多分、1万人ですむ人数ではあるまい。それを調査した上で「大したリスクではない」などと言うのか。
 この山下教授、テレビでも同じような主張を繰り返し、さすがにテレビ局には抗議電話が殺到したという。

 今回の原発事故で、"御用学者"と指摘された人はかなり多いけれど、ここまで犯罪的な放言をした人物は稀れだ。
 この人物が単なるトンデモ学者なら話は別だ、無視すればいい。しかし、この山下氏が、実は長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長、同研究科原爆後障害医療研究施設教授、世界保健機関(WHO)緊急被曝医療協力センター長、日本甲状腺学会理事長などというご大層な肩書きを持ち、さらに福島県の放射線健康リスク管理アドバイザーなる役職に任命されて、福島県中を講演して回っているのだから、ことは深刻なのだ。
 こんな人を、なぜ福島県は"アドバイザー"に任命したのか? そこには一筋の流れがある。この国のある部分を牛耳る「学会」という流れだ。それについては、後述する。

 この山下教授、もはや誰も信じなくなった「今回の原発事故による被曝量は、レントゲン検査と比べれば無視していいほどの量です」などということを、いまだにトクトクと説いて回っている。
 さすがに、最近の講演では、
 「ほんとうに大丈夫なんですか」
 「それならなぜ、政府は避難指示を出したのですか」
 「もし私の子どもが将来ガンになったら、先生は責任をとってくれるんですか」
 「そんなに安全なら、先生はお孫さんを連れてきて、このあたりの公園で砂遊びをさせられますか」と詰め寄る人たちも出てきている。
 それでも山下氏、平気でこう言うのだ(5月3日の講演)。

 いま、チェルノブイリの人たちは、内部被曝と外部被曝はほとんど無視できるくらいなんです。事故直後、1991年から95年、96年ぐらいまでの間は実は内部被爆のほうが少し多かったですね。放射性セシウムというのがずうっと中まで入っていましたから。ただ、その被曝総線量を年間で見ると、だいたいレントゲン数枚程度の値です。ミリシーベルトに届かない量なので、食べ物による内部被曝と外から受ける被曝の比率は、なかなか出しにくいというのがいままでの見解です。

 まだ手垢のついた「レントゲン比較」を持ち出している。まさに恐れ入った「見解」である。
 だが、仮に百歩譲って彼の言うことが正しくて、チェルノブイリでは「ミリシーベルトに届かない量」だったとしても、現在の福島近辺では、すでに政府自身が「20ミリシーベルト」という積算値を提示しているではないか。もはや前提がデタラメだ。
 チェルノブイリ事故では、被害者の数にはさまざまな説があるが、「ほとんど被害(死者やガン患者)が出なかった」などという話を信じる者は、いまや"ほとんど"いない。特に幼児の甲状腺ガンが数千人単位で増えていたことは、山下教授でさえ否定できない事実なのだ(異説では2万人とも言われている)。
 ソ連崩壊のドサクサに紛れて、(チェルノブイリ原発事故は1986年4月26日、ソ連崩壊の兆しは1980年代末から始まり1991年にソ連は完全崩壊した)原発事故関連の資料がかなり散逸(意図的に廃棄したとも言われている)してしまったことにより、詳しい部分ではわからない点も多いが、数十万人単位で被曝し、少なくとも数万人が死亡したことは間違いない、とする説が有力なのだ。

 福島へ取材に入ったある女性フリーライターが、僕にこんな話をしてくれた。
 「子どもを持つ若いお母さんたちは、ほんとうに不安なんです。だから、何とか安心したいと思っている。そこへ偉い肩書きの先生が講演に来る。そして、『安全だ、安心だ、チェルノブイリでも大したことは起こっていない。気をつけて生活すれば心配ない』と繰り返すんです。何かにすがりつきたいお母さんたちは、ホッとする。『あんな偉い先生が安全だと保証してくれたんだから安心だ』と思い込んで、子どもたちを公園で遊ばせたりするんですよ。校庭の土をはがしているような学校のそばの公園ですよ。犯罪的だと思いませんか。まあ、山下教授はもういい年齢ですから、自分の生きているうちは責任をとらなくて済む、とでも思っているのかもしれませんけど」
 ほんとうに、ひどい話だ。
 それにしても、こんな人がなぜ、学会の理事長を務めたり、WHOのセンター長を兼任したりできるのだろうか? 実は、その裏には秘密がある。

 重松逸造(1917年~)という医学者がいる。公衆衛生学、放射線影響医学などの分野で高名な方である。そして、日本公衆衛生学会理事長や放射線影響研究所理事長などを歴任し、日本の放射線医学の第一人者と目されて、この分野の学会を牛耳っていた。
 重松氏は、IAEA(国際原子力機関)が作ったチェルノブイリ原発事故の国際諮問委員会の委員長を務め、現地の汚染状況や住民の健康被害調査などにあたった人物だったが、その委員会が1991年に発表した報告書が、実に驚くべきものだったのだ。
 概略「汚染地帯の住民には、放射能による顕著な健康被害は認められない。むしろ、精神的ストレスによる影響のほうが大きいと考えるべき」として、放射線障害をほぼ全否定した。病気になったのはストレスのせいだというのだ。確かにストレスもガンの誘引因子のひとつではある。だがチェルノブイリ周辺で発生したガンが、なぜ放射能障害に起因しないと言えるのか?
 むろん、この報告は当時、チェルノブイリ原発事故を研究していた一部の(真面目な)学者や研究者たちからは、猛烈な批判を浴びた。だが重松教授は馬耳東風だったという。
 山下俊一教授が「ニコニコして暮らせば放射線の影響は来ない」と言い放ったこととそっくりではないか。
 それもそのはずの流れがある。

 長瀧重信・長崎大学名誉教授(1932年~)という人物がいる。長瀧氏は、重松逸造氏の跡を継いで放射線影響研究所理事長を努めた。つまり、重松氏の弟子筋にあたる。
 その長瀧重信教授が、毎日新聞(3月31日夕刊)では、次のように述べている。

 (略)スリーマイルではこれまで健康被害は報告されていない。チェルノブイリでも、事故直後の急性放射線障害を別にすれば、小児甲状腺がん以外の健康障害は認められていません。(略)
 (子どもの甲状腺がんは)放射性ヨウ素が多く含まれる牛乳が原因で、発症率は約5万人に1人。極めて高濃度に汚染された牛乳を飲み続けてこの数字ですから、水道水についてはもっと冷静になってもよかった。

 まるで重松教授の言葉そのものである。
 さらに、長崎大学でその長瀧氏の教えを受けたのが山下俊一教授だ。さらにさらに、山下教授とともに福島県で"安心を売り物"にした講演活動をして回った人物に高村昇・長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設教授がいた。彼は長崎大学における山下教授の後輩にあたる。
 重松教授の言葉を長瀧教授がなぞり、それをまた山下教授が繰り返し、さらに後輩の高村教授が同調する。
 麗しき師弟愛か、それとも悪臭を放つ上下関係か。

 もうお分かりだろう。
 すべては1本の線につながるのだ。日本の「学会」なるものの悪しき系譜の典型がここにある。むろんこれは「原子力ムラ」の中のひとつの集落での醜悪な寓話である。
 「原子力ムラ」の簡単な形成図はこうなる。

  • 原発を始めた中曽根康弘氏や正力松太郎氏と、読売新聞を引き継いだ渡邉恒雄氏らにつながる自民党の領袖たちと子分の政治屋、さらにはそのおこぼれをいただいた労働組合の幹部らとそれにつながる民主党の政治屋たち、
  • 原発推進に組み込まれた旧通産省系列などの高級官僚たち、
  • 原発の旨みをたっぷり吸い込んだ大企業&財界首脳と、東京電力をトップとする電力会社の幹部たち、
  • 原発政策が生み出すカネに群がった学者たち(前述の医学関係者もその一端)、
  • そして電力会社の接待と広告費でがんじがらめにされたマスメディアとジャーナリストたち

 以上の人々が、世にも不思議な、そして世界にも例を見ない「政・官・財・学・メディア」の連合による強固なペンタゴン(5角形)を形成したのだ。

 繰り返すが、この国は崩壊寸前の瀬戸際にある。もし何らかの形での再生が可能だとするならば、この"世にも奇妙な物語"が解体されたときにようやく曙が見えてくる、ということでしかない。
 そうでなければ、少子化は一層進むだろう。
 母乳からさえ放射能が検出されている。食べ物から続々検出という報が届く。牛乳も危ない。どうやって子どもの安全を守ればいいのか。
 誰がそんな放射能にまみれた国で赤ちゃんを産みたいものか。

 子どもたちがいなくなれば、放射能汚染などなくても国は滅ぶ。
 こんな簡単な理屈さえ、なお「原発推進」を主張する人々には理解できないのだろうか?

 今週は、お散歩写真は、撮れませんでした…。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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