ホームへ
もくじへ
この人に聞きたい
バックナンバー一覧

高橋哲哉さんに聞いた

21世紀の靖国が準備されようとしている
靖国問題は決して過去の歴史認識を問う問題ではなく、
現在の9条改定とつながっている問題だと指摘する高橋哲哉さん。
イラクでの日本人犠牲者がでた時、なぜ政府の政策に批判が集まらなかったのか、
その背景についても、お聞きしました。
高橋哲哉さん
たかはし てつや
東京大学大学院総合文化研究科教授。
20世紀西欧哲学を研究、哲学者として政治、社会、歴史の諸問題を論究している。
憲法、教育基本法、靖国問題、戦後補償問題などで市民運動にもコミット。
NPO「前夜」共同代表として雑誌『前夜』を創刊。
著書に『デリダ 脱構築』『戦後責任論』(講談社)、
『教育と国家』(講談社現代新書)、『靖国問題』(ちくま新書)など多数。
靖国の問題の根本は、戦後のA級戦犯合祀から始まったものではない
編集部 前回は、靖国神社における憲法上の問題、政権分離と人権保障についての指摘、解説をいただきましたが、さらに別の問題も指摘されていますね。
高橋  A級戦犯分祀論では、ほとんど論じられてない、歴史認識の問題があります。A級戦犯というのは、東京裁判で裁かれた人の範疇です。東京裁判は満州事変からの中国侵略戦争と太平洋戦争における日本の戦争責任の問題ですから、それ以前の靖国の歴史というのは、A級戦犯の問題では、問われないということになるわけです。
 しかし靖国神社は、明治2年、1869年に東京招魂社として発足して79年に靖国神社になる前に、既に台湾出兵の日本軍戦死者を祀っていますし、朝鮮侵略の過程での多くの日本軍戦死者も合祀されている。そうやって台湾、朝鮮半島を植民地化して独立運動などを弾圧するために、日本軍が投入されたわけですが、そのときの戦いで死んだ日本兵たちを、靖国はずっと祀って来ているのです。そうしてすでに満州事変以前に、日本は一大植民地帝国になっていたのです。そういった満州事変以前の、靖国の歴史というのがあるわけですが、A級戦犯に関わるのは、満州事変の計画以後の話しです。
 するとその前からあった植民地主義の問題は、まったく問われなくなってしまう。そういう意味でも、A級戦犯というのは、時代的な限界があります。

 歴史認識問題についてもう一つ言うと、天皇の戦争責任ということが忘れ去られてしまいます。先に述べた富田メモについての論調のように、「昭和天皇がこう言っていたのだからA級戦犯を外して」となれば、ますます昭和天皇はイノセントで何も責任がなく、A級戦犯だけが問題だった、というようになってしまう。
 これは東京裁判の構図そのものでもあるわけです。天皇の責任問題、それと国民の中でもいくつかの層があったわけで、その人たちの戦争責任の問題を忘れさせてしまう。そういう意味で都合のいい考え方なんですけど、しかしそれでは、歴史認識としても戦争責任としてもまったく不十分です

編集部 8.15をはさみ、靖国問題はかつてないほど、テレビや新聞でも取り上げられましたが、A級戦犯の合祀か分祀か、に議論が集中していましたね。
高橋  そういった議論がなぜ危険かというと、戦時中、靖国がフル廻転して戦争を支えていたときには、A級戦犯はいませんよね。敗戦後も78年に合祀されるまで、靖国にはいなかったんですよ。ところがそういう歴史がまったく忘れられちゃって、A級戦犯さえ外せば、靖国が平和的で健全な神社になるかのようにおもわされている。
  しかし、A級戦犯を外す。そして首相や天皇が堂々と参拝するようになる。まして国営化するということになれば、まさに戦前のシステムの根幹部分が復活するわけです。それこそが靖国だったのですから。
編集部 靖国派が天皇の参拝を望んでいるといるのは、そういったことなのですか?
高橋  逆に靖国側から言うと、天皇の参拝がない靖国神社というものは、非常に不正常な靖国です。なぜなら靖国は、明治天皇の精神によって創建されて、天皇の神社として存在してきたからです。
 靖国神社に新たな死者が合祀されるときに、臨時大祭を行い、その際には天皇が参拝する。これが非常に大きな意味を持っていたのです。戦死した夫や息子を出したばかりの妻や母親やあるいは遺族たちが、靖国に招かれて息子や夫の魂が合祀される場面に立ち会う。そこに天皇が参拝する。それを見て「なんとありがたいこと」と、それまで哀しいと思っていたその気持ちは、身内が名誉の戦死を遂げた誇らしさにすっかり変わっていく。『靖国問題』で述べた「感情の錬金術」というものです。天皇参拝に比べれば、総理大臣の参拝は、戦前ははるかに価値が低い。「天皇陛下が、お天子様が、うちの息子に感謝してくださった」、これですよ、決定的なのは。
9条改定とワンセットの靖国復活
高橋

 これは昔の、過去の話ではなく、9条改定と関係する現在の問題です。前回お話した靖国の国営化についての麻生外相の私案は、かつての国家護持法案の焼き直しに過ぎない。それなのに、みんな知らないから、どこか新鮮味があるように受けとっていますが、とんでもない話です。
 1969年に自民党が、国家護持法案を国会に提出した当時は、軍国主義復活につながるというので、野党に批判されて廃案になったわけですが、また新たに靖国神社の国営化論が続々と出て来たことは、やはり単に過去の問題でなくて、21世紀の靖国神社を睨んでいるわけですよ。

 憲法9条を変えて自衛隊改め自衛軍、つまり新しい日本軍ができれば、例えば中東、あるいは台湾海峡、あるいは朝鮮半島で米軍と一緒に武力行使をするなどということが想定される。その時、こちら側に死者が出たときにどうするのか? 当然ここで国営の靖国神社が出来ていれば、自衛軍ですから靖国に合祀しようということになってくるわけです。
 実際、陸上自衛隊がイラクに行く前の2003年の8月に、イラクで例えば襲撃されて死んだら、これは戦死とみなすことが出来るのか? そしたら靖国神社に合祀すべきではないか? という議論が出て検討しているのです。結局その時は、現憲法下では組織的に無理だという結論になったということですが、検討しているということは、自衛隊の中でもそういう要求があるというわけですね。
 前線で戦死した自衛軍兵士が祀られた靖国に首相が行き、なによりも天皇が行けば、遺族をふくめ日本社会では異論が封殺されるでしょう。

編集部  ということは、9条改定と靖国護持というのは、ある意味ワンセットと考えるべきでしょうか。
高橋  ワンセットだとおもいます。首相の参拝、小泉首相が参拝を繰り返し、さらに安倍晋三氏が首相の責務だと言って、この間靖国がずっとクローズアップされて来た。これはイラク派兵と関係があったからだと思うし、9条の改定を睨んでいるからでしょう。国営化論まで出てきて、これがつながった時が本当に危ないのです。
編集部  靖国派のいわゆる有識者といった人の発言で、国営化することは、すなわち国が責任をもって全ての面倒をみる。それはとてもいいことではないのか? と問われれば、そんなものかと、すんなり納得してしまいそうなイメージがありますね。
高橋 戦後61年も経っているわけで、戦争の記憶はますます薄らいでいるし、別の形で若い世代の愛国心、ナショナリズムみたいなのものがまた出て来ているということとも関係していますが、要するに国家というものに対する警戒感がない。つまり、国家というのは場合によっては国民をだますこともあるし、間違いを侵すこともある。国家のいうことをそのまま受け入れていたら大変なことになりかねない、敗戦直後、日本人はそれくらいの認識は持ったと思うのです。多くの人が国家にだまされたと思ったでしょう。
 国家とか権力者に対して警戒心が無くなっているというのは、小泉首相をアイドル的に持ち上げた空気が典型で、それをよく表しています。
現代にかつてのシステムが復活するとき
高橋 「国家護持法案」は、1969年から5年連続で自民党が国会に出したのですが、74年、最終的に廃案になったのです。しかし麻生外相が今回出して来た時、「国家護持法案と同じではないか」という記者の質問に対して「今は状況が違う」と言ったんですね。状況が違うというのはどういう意味なのか? かつてみたいには簡単にはつぶれない、つまり今だったら通せる、という見通しなんじゃないか。

 つまりそれだけ護憲派が後退しているということですね。僕はそういうふうに甘く見られているおそれがあると思います。実際野党の護憲派はマイナー化されていますし、宗教界もかなり保守化しています。当時は創価学会の中にも反対の声がありましたが、いま公明党は、与党ですからね。どうなるかわかりません。そういう風に考えると、ひじょうに警戒感が弱いし、靖国が国営化されるということの意味が理解されていないですね。
 靖国神社がどのような論理で国民を戦争に動員していったのか、植民地の人まで巻き込んでいったのか。そのメカニズムに対する認識もなければ、警戒心もないということは、非常に深刻な事態だと思っています。

編集部 しかし戦前や戦時中であるならば、お国のために尽くした人は死ぬと神様になるとか、天皇が参拝することで家族たちは癒されるといったことも、当時の風潮ならば、ある程度、想像や理解することはできるのですが・・・。この現代において「国のために命を捧げる」といったシステムが、神社や天皇を持ち出すことで、果たして機能するのでしょうか?
高橋 難しい話になりますが、日本の「カミ」は、英語の GODという意味ではないですね。なんでも神様にしちゃうのが神道です。だから人間も神様にしてきたわけで、天皇を神様にしたというのは最たる例ですけれど、明治天皇が死ねば明治神宮を作るし、他にも天皇を祀った神社があるし、菅原道真や西郷隆盛を祀った神社など、人を祀ったいろいろな神社があります。
 だから「カミ」になることはGODになるという意味ではありませんが、それでも神聖なるものにされるわけです。
 そういう日本的な「カミ」の観念は、今の若い人にもあります。そこがやはり靖国を支える精神風土をつくっているわけで、それはたしかに宗教界では、今後、神社(の運営)は難しいんじゃないか、お寺も難しいんじゃないか、そう言われています。けれども例えば初詣だとか、ああいうのを見ていると、なにか願をかけるときに神社に行こうという感覚は薄れていないでしょう。例えば若い人でも、受験の合格祈願に湯島天神にいくとか、縁結びの神社に願をかけにいくとかありますね。 

 最近ある学生からこんな話を聞きました。靖国神社は、政治的な臭いがして嫌だったけれども、話題になっているので行ったみた。ああ、これが靖国かと思って境内を歩き、拝殿の前に来たら思わず手を合わせて拝んでしまったと。やっぱり、国のために死んだ人がここに祀られているんだと思ったら、なんか厳粛な気持ちになってそうしてしまった。あれはなんだったんだろうと後から言っているんですよ。
 そういう精神的な感覚ですね、そういうものは若い人にも残っていると思います。
 すると神道とはなにか? という問題になるけれど、それをやるとあまり立ち入ることになるから、ここではおきます。
感情や異論を封殺していくやり方
高橋 それともう一つは、天皇の参拝で癒されるということですが、僕が著書で書いた「感情の錬金術」に対して、「息子が死んだばかりなのに、天皇がお参りしただけで癒されるわけがない」という反論はけっこうありました。
 それは当時でも、遺族にはぞれぞれの感情があったと思います。割り切れないし、若い息子を失った喪失感は、どこまでも残ったと思います。しかしそこで間違っても、怒りとか憤りが政策担当者に向けられないように、功績を讃えることによって戦死を納得させる、そういう役割は持っていたわけです。個人的には裏で何を言っても、公には悲しいとか辛いとかいっちゃいけないということが、あったわけです。

 実はこれと似たようなことは、この間ありましたね。例えばイラクでの日本人人質事件時に、人質になった人の家族たち、今にも殺されるかもしれないという人質の家族たちが、国策に反するような発言をすると、一斉に攻撃がかかったじゃないですか。つまり何も言えなくなるわけですよ。殺された香田証生さんの時もそうでした。
 イラクで狙撃されて亡くなった外務省の人が二人いましたね。二人が遺体で戻って来て葬儀をしたときに、小泉首相が参加して「この二人は国の誇りです、家族の誇りであるとともに国の誇りです」と既にあの時言っています。
 あれはまだ、イラクにおいて武力行使が止んでいない時でしたから、国としてイラク戦争に参戦してしまったようなものです。しかし「国の誇り」と首相が言うことで、異論が出なくなるわけです。

編集部 危ない時期、場所に外務省の職員を派遣したにもかかわらず、国の責任を追求する声は、あまりありませんでした。
高橋 ここで想像してみてください。もし9条を変えて創設された新しい日本軍が、海外で武力行使をやってそして戦死者が出たとします。こうなった時に、日本国内はどういう空気になるか? 
 イラク戦争の時のそういう状況を考えると、少なくとも戦死者が靖国に祀られる、それを厳粛な式としてテレビ中継なんかするでしょう。異論なんかとてもだせない雰囲気になるとおもいますよ。まして天皇がそこに参拝したら、異論を封殺するものすごい機能を果たすと思います。
 民主主義の世の中で、誰も異論を唱えないだろうか? とも思うのですが、例えば1975年に天皇が、戦争責任というのは言葉のあやだから、文学の研究者じゃないから何も言えないといったときに、何の異論もメディアは出せなかった。88〜89年に昭和天皇が最期を迎えたときにも、いっせいに自粛でしたよね。
 私は残念ながら今度も、そういうふうになるのではと、想像しているんです。だから遺族が完全に癒されるかどうかという問題では必ずしもなくて、遺族を納得させていく、そして国民から異論を出せなくしていく、そういう役割を充分果たすんじゃないかと思うのです。
編集部 戦前の靖国のシステムが、今でも機能するということですね。
高橋 昔と全く同じというわけではありません。戦争のやり方も変わってくるでしょうし、国民精神総動員で靖国へというようにはならないかもしれない。しかし、国民や遺族に対して、靖国が戦死や戦争を納得させる役割を果たしていくということは、十分にあると考えています。
つづく・・・
靖国のシステムがまた機能する時代へと向かっているのでしょうか。
次回は、日本における立憲主義の認識がなぜ低いのか、
そして教育基本法改定についてお聞きしていきます。
ご意見募集!

ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。
このページのアタマへ