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2012-10-31up
この人に聞きたい
伊藤真さんに聞いた(その1)
参院「一票の格差」判決で、
国会へのいらだちをあらわにした最高裁
「〈一人一票〉は民主主義の根幹である。一票の投票価値つまり政治に対する影響力が住んでいる地域によって異なってもよいという考えは、私にとってはとうてい許すことはできないものであり、人種差別と同じくらいの大問題です」とする伊藤真さん。この制度を是正させるため、「投票価値の不平等を定める公職選挙法は憲法違反であり、同法の下で行われた選挙は無効である」との判決を求める裁判、「一人一票裁判」の原告団の一人として2009年より闘ってきました。全国各地の高等裁判所で次々に画期的な「判決」を導き出し、最高裁判決としては、2011年には衆議院議員選挙においての、2012月10月17日には、参議院選挙においても「違憲状態である。国会は速やかに選挙制度改革を」との判決を勝ち取りまし た。まずは、この判決についてお聞きしました。
いとう・まこと
伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。 『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)、『憲法の知恵ブクロ』(新日本出版社)など著書多数。
15人の裁判官全員が出した「違憲・違憲状態」
長らくこの裁判に原告団のお一人として関わってきた伊藤さんですが、今回の判決の評価についてお聞かせください。
今回の判決は、高く評価できるところと、不十分なところと両面あると思います。まず率直に評価できるところは、15人の裁判官全員が、違憲もしくは違憲状態判決を出したことです。
これは大変に大きな意味を持っています。全裁判官が、「2009年7月に行われた参議院選挙は、違憲状態で行われた」ということを認定したわけですから。
多数意見としては、「選挙からまだ相当な期間を経過していないから、選挙自体については無効とは断定しない」となっていますが、選挙自体が憲法に違反する状態で行われた、ことには全員が明確に「判断」しています。
これは、言葉を言い換えれば、国会という国家権力の最高機関に対して、正当性の根拠がないということを、日本の司法のトップである最高裁の裁判官が断定したことになります。
どういうことかと言えば、日本は国民主権でありますから、主権者である国民の意思は、選挙によって国会議員を国会に送り出すことで反映されています。
国会議員は、「公平な選挙により選ばれた」ことにより、一定の正当性が主権者である国民から与えられます。その国会議員の中から総理大臣が選ばれ、総理大臣によってそれぞれの大臣が任命されます。さらに裁判官が任命されます。
主権者たる国民が国会議員を選出する、というのはそこから先の全ての国家権力の正当性の源になっています。ですから国会議員一人ひとりの正当性が、憲法的な観点から「ない」ということになれば、すべての国家権力の正当性が失われます。
しかも、衆議院の方でも同じような判決が出ているわけですから、衆参共に違憲状態の国会が今も続いている。日本の国全体の、国家としての正当性が、主権者国民による裏付けを失ってしまっている、ということがはっきりしてしまいました。これが今回の判決の一番大きなポイントだろうと私は思っています。
何かそう聞くと、今の政治の混乱もそこに起因しているように思えてきます。
都道府県単位の選挙区割制度には合理性がない
さらに今回の判決文を詳しく見ていくと、判例においても進んだ点がいくつかあります。
二つ目の評価できる点は、都道府県の区分けを元にした選挙制度には合理性がない。もっと言えば都道府県の区分けで選挙制度を作ることは、憲法上の要請ではない。そうはっきりと示したことです。ここは大きな進歩でした。
これまでの最高裁は、参議院は衆議院と異なる独自性がある、すなわち参議院議員は、都道府県の代表、地域代表の側面もある、というのを一つの理由として、「一人一票」の原則が後退しても仕方がない、としていました。ところが今回は、そのような都道府県別による地域代表的な要素は、一切関係がないということを、はじめて明確に断じました。
これは本当に重要な点で、私自身も最後の口頭弁論でも主張してきたことなので、これが正面から認められた、というところはとても大きいですね。
有権者である我々も、国会議員は都道府県の代表である、特に参議院はそうだと思っている人がほとんどですね。
国会議員自身もそうとらえている方が多いようですが、この判決によって、「衆参両院共に、国会議員はあくまでも全国民の代表である。都道府県的な区割りは、憲法上の要請ではない」「参議院議員の選挙であること自体から、直ちに投票価値の平等が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い」として参議院の独自性を理由に「一人一票」を後退させることを認めませんでした。衆参共に全国民の代表だからです。これは重要なポイントです。
また、今回の判決の特徴は、政治に対して、相当に強いメッセージを出していることです。例えば「違憲状態」判決が出た2009年の9月30日の最高裁の判決文では「国会において速やかに投票価値の平等実現において、適切な検討が行われることをのぞまれ」となっていましたが、今回は「できるだけ速やかに違憲の問題が生ずる前記の不平等状態を解消する必要がある」という表現にはっきりと変わっています。
しかも、「単に一部の選挙区の定数を増減するにとどまらず、都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど」とありますから、定数の増減だけではダメですよ、今継続審議中の改正案「4増4減」なんて、最高裁は許しませんよ、ということを明確に言っているんですね。このように最高裁は、政治部門に対して異例とも言えるような、かなり踏み込んだ形での要求をしています。
本来裁判所というのは、国会の裁量権を重んじて、もう少し消極的というか、遠慮がちに言うというのが、これまでの常だったわけで、ここまではっきりと具体的に、選挙制度の法案の中身にまで踏み込んだメッセージを出すというのは、かなりめずらしいことです。最高裁としては、国会に対して、相当ないらだち、というか、不満をもっていることがわかります。憲法の観点から、この問題をこのまま放置することは、とうてい認められない、という最高裁の意識を強くあらわしている、とも思います。
では端的にいって、高く評価できる判決だとお考えですか?
はい。今回の判決は、とても特徴的だし評価できるものだと思います。しかしながら、私としてはまだ不十分だと感じるところもあります。基本的な判断の枠組みは、今までと何も変わっていないからです。
多数意見の前半部分にこのように書かれています。「投票価値の平等は、選挙制度の仕組みを決定する唯一、絶対の基準となるものではなく、国会が正当に考慮することができる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものである」
ここは少なくとも、「投票価値の平等が原則である。技術的にやむを得ない場合のみは〈調整〉」というのならわかるのですが、他の政策的目的との関連で〈調整〉というのでは、「一人一票」があくまでもスタートラインであるという発想が抜け落ちてしまっており、最初から国会の裁量に丸投げしているので、結局は程度問題になってしまっています。
これでは、国会に対して誤ったメッセージを与えてしまうおそれがあります。例えば、今まで参院選においては、一票の格差が6倍を超えないと違憲と言わなかったわけですが、今回は5倍のところで著しい不平等状態だという判決が出た。では次は、4倍ぐらいにしておけばいいのかな、それとも3倍なら大丈夫だろう、といった「イタチごっこ」を繰り返す余地を残してしまっているところが問題です。
根本的な解決は、一人一票が原則なのであって、技術的にどうしてもできないときだけ、例外的に緩めるという考え方を徹底すること。選挙は、一人一票でなくてはいけないという理由が、前面に出ていない、というところが不十分であると思っています。
異例とも言える国会への強い進言
多数意見の他にも意見があるのでしょうか?
はい。最高裁の判決は、通常の地裁、高裁の判決とは違って、裁判官の個別の意見、というものを載せることになっています。これは裁判所法という法律で決められています。憲法79条2項にあるように、最高裁判所の裁判官は国民審査の対象になるものですから、この裁判官を罷免すべきかどうか、の判断に必要な情報として、個別意見を書くことになっています。
今回の判決文では、その個別意見がたくさん書かれています。個別意見には、3種類あって「補足意見」「意見」「反対意見」とあります。「補足意見」というのは、多数意見と結論も理由も同じ。ただ付け加えたいことを書きます。
「意見」は、結論は同じですがそこに至った理由が違うときに書きます。「反対意見」は、意見も結論も違います、というときに書くわけです。
今回は反対意見を書いた人が3人、補足意見を書いた人が3人、意見を書いた人が1人いましたが、これらの中身がとても充実していて、裁判官が本当に真剣にこの問題に取り組まれてきたことがよくわかります。しかも政治部門に対して、相当に強いメッセージを出している。読んでいて、(国会は)「何やっているんだ」という思いがひしひしと伝わってきました。
反対意見の3人の方は皆、(このまま格差を改めないでやったら)次は選挙無効にしますよ、とはっきりと示しています。田原判事においては、「選挙の無効判決の可能性」にまで具体的に言及しており、このような方法をとれば、不都合なく選挙のやり直しも実施できる、という案まで示しているのですから、「選挙無効は、大混乱になるから、実際にはできるわけないよ」というこれまでのイメージを翻し、「選挙無効は実際にできるし、こうやれば社会的な混乱もない」ということを示しています。この個別意見の充実ぶりからも、裁判官の「このままこの不平等を放置させることは、承知しないぞ」という強いメッセージが受け取れました。
しかし、反対意見を書かれた中でも、「一人一票でなくてはいけない」という方がいなかったことが残念です。違憲判決を出した大橋裁判官においても、投票価値の平等について「2倍」という数字を出されて論じていますので、そのあたりは、国会に対して誤ったメッセージを与えてしまう、マイナスな面だとみています。
見方によっては「2倍なら許容範囲」とも受け取れますよね。
さて、現在参議院の改革案は、国会で継続審議になっておりますが、先生からご覧になっても、この法案は今回の判決を受けて練り直すというか、出し直す必要があるのではないでしょうか。
出し直す必要があるでしょうね。最高裁の多数意見が増減ではダメだ、とはっきり言っているのですから。
しかしまだ、国会の反応はにぶいようですね。
議員たちはこの判決文をちゃんと読めていないのでしょう。
大手新聞も判決翌日は大きくこの判決を取り上げましたが、その後のフォロー記事が少ないようです。司法がこれだけの判断を出したのですから、主権者である国民の側からも、これからいろいろ追及していく必要がありますね。
(聞き手 南部義典 写真・構成 塚田壽子)
伊藤先生は、「裁判」という手法を使って、長年国会や政治家たちが野放しにしてきた日本の不平等な選挙制度に鋭くメスを入れました。最高裁の判決を受け、野田首相は29日の衆院本会議での所信表明演説の中で「1票の格差是正について今国会で必ず結論を出す」と名言しましたが、改革案の中身についても十分に注目していきたいと思います。次回からは、「秘密保全法」のどこが問題なのか、そして「原発は違憲である」とする伊藤先生の主張についてもお聞きしていきます。
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