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前回に引き続き、あまり語られてこなかったチベットの真実と、
それらの問題に対して私たちは何ができるのか、
について渡辺一枝さんにお聞きしました。
わたなべ いちえ
1945年、ハルビン生まれ。89年に18年間の保母生活に終止符をうち作家活動に入る。チベット、中国、モンゴルへ旅を続けている。著書に『時計のない保育園』(集英社文庫)、『チベットを馬で行く』(文春文庫)、『わたしのチベット紀行』(集英社文庫)、『風の馬 ルンタ』(本の雑誌社)など多数。『マガジン9条』発起人の一人。
前回のお話でチベットが長い間、中国政府の圧政によってさまざまな制限や圧力を受けてきて、今回の動きはまさに彼らの「レジスタンス」であるというお話を伺いました。中国共産党が独立宣言をする陰で、いろいろな犠牲があったのですね。
1949年の10月に、中国共産党が独立を宣言して、50年にはすぐにチベットやウイグル地区に、“遅れた地域の農奴制から人民を解放するため”という目的を掲げて進軍をはじめているわけです。51年にはラサに侵攻、そして58年にラサは制圧され、その後ずっとその制圧が続いているわけですね。
今回の報道ではしばしば “89年以来のチベットの暴動”だという言われ方がされましたが、89年には何があったのでしょうか?
89年の暴動に至った流れはこうです。文化大革命の時には、徹底的にお寺は破壊され僧侶は弾圧されましたが、その後、80年に胡耀邦(コヨウホウ)がラサでチベット政策の失敗の表明をし謝罪をするなど、80年代は、中国とチベットはわりに対話をもっていました。だからチベット側にも期待がありました。しかし、86年にチベットに理解を示していた胡耀邦が失脚をします。そして87年にダライ・ラマがアメリカの議会で「平和の五原則(五項目和平プラン)」(*)について宣言したところ、その後すぐ、中国政府は拘束していた8人のチベットのお坊さんを処刑してしまった。まさに、その処刑という行為がダライ・ラマの発言への回答だったわけです。それで仲間の僧侶が殺されたお坊さんたちは、抗議のデモをしたわけです。87年は何度もそういうことがありました。
89年にさらにそれが大きくなり、ラサでの3日間の抗議デモを受けて、中国がチベットに戒厳令を出します。だから、いきなりお坊さんたちが暴れて、商店を襲ったということではなく、それまでの流れがあっての89年の蜂起だし、また今回のことにつながっているのです。
※1987年9月21日の米国議会における演説の中で語られた和平案。5つの基本項目は、
1)チベット全土を平和地帯とすること。
2)民族としてのチベット人の存在を危うくする中国人の大量移住政策の放棄。
3)チベット人の基本的人権と民主主義自由の尊重。
4)チベットの環境の回復と保護。中国がチベットを核兵器製造
及び核廃棄物処分の場所として使用することの禁止。
5)将来のチベットの地位、並びにチベット人と中国人の関係についての真摯な交渉の開始。
詳しくはこちらにあります。
なるほど、アムネスティのレポートなどにかかれている87年から89年にかけての政治的弾圧というのは、そうした流れによるものだったのですね。それは主にお坊さんに対して行われたことだと思うのだけれど、一般のチベットの人たちへの人権侵害などもあるのでしょうか?
ええ、ありますね。例えば、現在一般の家庭で仏壇をおくことができない人たちがいます。それは、公務員や大きな会社に勤めている人、観光ガイドなどです。「あなたたち、仏さまにお参りしてお腹がいっぱいになるのなら、給料あげないよ」と言われ、減給されたり、酷い場合は解雇されることもあります。また誰であってもダライ・ラマの写真を家に飾るのもダメです。町中に監視カメラが置かれていて、チェックされています。ラサに住む中国人でも非常に熱心な仏教徒の人がいますが、彼らがお寺にお参りするのは許されています。しかしチベット人は許されないのです。
こんな話を聞いたことがあります。若い人たちが仲間とお酒を飲んでいて、だんだん気が大きくなって、「俺の方がすごいぞ、こんなことできるぞ」って言い合っている中で「じゃあおまえ、町のまん中で『チベット独立』と叫べるか?」「そんなことできるさ」というので、酔っぱらったいきおいで「チベットに独立を」と外に出て叫んだら、即逮捕された、という話もあります。
そう言っただけで逮捕ですか!? それにチベットの人たちがお寺にお参りできないとは、びっくりですね。宗教によって独立心が芽生えるのを恐れているのでしょうか? あんなにお寺に囲まれている場所なのに、チベットには、宗教の自由がないのですね。中国の内地でも、そういう傾向なんでしょうか?
チベットに宗教の自由はありませんよ。言論の自由もありません。中国の内地での宗教統制の様子はよく知りませんが、確かなのは言論の自由は制限されており、いろいろな情報が隠されていて人々には知らされていないということ。だから私は、チベットを支援する友人たちとも言っているのですが、「フリーチベット」だけではなく「フリーチャイナ」と呼びかけたいと思っています。
なるほど。チベットの自由や人権だけでなく、中国に暮らす中国人自身の自由や人権も保障されていない、という現実がまずあるわけですね。
そうなんです。ほんとうに情報は統制されています。私の知りあいで日本に勉強にきているチベット人が、「日本に来るまで、ダライ・ラマは悪い人だと思っていました」と言ってました。そういう教育を徹底して受けさせられているんですね。今、現在も、彼らはダライ・ラマ批判の作文を書かされているそうですし。
一方で中国人の知人に聞いてみると、一般の中国人にとってみたら、チベットのことは、中国の一つの市ぐらいにしか思っていないし、中国政府はこれまで寺院修復とか、公共事業支援とか、たくさん面倒をみているのに、彼らはどうして暴動を起こすのか、といった疑問や感情を持つようです。ですからもちろん、チベットには独自の歴史、独特の文化があり、チベット文字があることも知らないんですね。
このところネットの中での議論も盛り上がっているようですが、「マガ9」に送られてくるメールは、以下の二つのタイプのものが多いです。
一つは、「なぜチベットについて積極的に言及しないんだ。護憲派は中国を擁護している」といったもの。「マガ9」ではいち早く「デスク日誌」で取り上げたのですが、なぜか「黙認している」と見られてしまっているようでした。
そして二つ目は、「9条護憲で非武装を貫くと、日本もチベットみたいになるぞ。中国軍がおそってくる」といったものがあります。
チベットをサポートしている人たちは・・・、世界の事情はわかりませんが、日本の中ではいろんな立場、考えの人たちが実際にいます。例えば、
チベットの本土のことはあまり知らないけれども、ダライ・ラマが大好きという人たち、ダライ・ラマ信奉者ですね。それは悪いことではないですが、それだけでサポートしている人たちというのは、チベットで抗議するお坊さんたちの映像が国際放送で流れたり、報道されたことで、チベット本土の抑圧された状況の中でも必死に文化を守ろうとしている人たちの姿に気がついた。そして今、本土の人たちに心を向けるようになったのではないでしょうか。
それからチベットのことはよく知らないけれど、中国が憎らしくてしかたがない、南京大虐殺は無かったといいたい人たち、そういう人たちがチベットを利用して、中国をたたく、ということもあります。例えば、アジア女性の従軍慰安婦問題に関する国際法廷をやった時に、右翼の人たちが開催反対を唱えやってきましたが、その時、チベット国旗を持ってやってきたりするわけです。
実際、最近も右翼がリーダーシップをとって、チベットサポートの対中国抗議集会をやったケースも聞いていますが、私たちは、右翼的な言動には、注意しようと呼びかけています。
ダライ・ラマがアメリカの議会で宣言した平和5原則には、まさに憲法9条そのものの精神が書かれています。ダライ・ラマ法王は、一貫してそのことを言ってきています。だから暴力的な言動でチベット独立を訴えようとする人たちには、ダライ・ラマの言葉をちゃんとお読みください、そう言いたいです。
そして、9条を持っていたらチベットみたいに攻められる、という考えはちょっと違うと思います。“中国がチベットをいじめている”といった現象面だけとらえてチベットの独立を訴えている人たちには、わりとそのような言動が多かったりします。私は、なぜだかわからないけれど、昔からチベットにひかれて、チベットに行き、通うようになった時に、チベットの人たちが大事にしているものや考え方、文化というものを、とってもいいなあと心から思ってしまった。もちろん、中国がチベットに侵攻している、ということを知ってはいたけれども、“中国けしからん”でチベットのサポーターをするようになったわけではないのです。
“中国けしからん”だけでは、なかなか解決にはならないでしょうね。それに、だから日本も軍をもとう、武装を強化しよう、そういうことになると、本当に硬直状態になってしまうのではないでしょうか。
さて、今回お話をじっくりと伺って、なぜ渡辺さんがずっとチベットにこだわってきたのか、またチベットで学校を作りたいとおっしゃっていたのかが、よくわかりました。私自身も今さらというか、恥ずかしながらですが、やはりこれだけ大きな問題というか、あちこちメディアで取り上げられるようになってはじめて、チベット問題が視界に入ってきて、知りたいと思うし、調べるようにもなりました。
自分の本の中ではいつも、今日お話ししたようなことは必ず書いているのですが、私の筆の力が足りないせいでしょうが、どうも私の本の読者は「チベットを旅して、楽しそうですね。チベットの人たちみんないい人ですね。空は青くて空気がきれいですね」とそういう反応が多いんですね。たしかにそうだし、そうも書いています。ただ、それだけじゃないのになぁ、と思うこともありました。しかし今回のことがおきて、はじめて「ああ、そうだったんですね」という反応をもらいました。
さて、今年8月には北京オリンピックがありますが、この動き、どうなっていくのでしょうか? また私たちは、どうサポートしていくことができるのでしょうか?
今後、チベットをめぐるこの大きな流れがどうなっていくのか、予測がつかないところがあります。でも私は、私ができる範囲のことで、積極的に中国の人たちと仲良くしよう、話をしていこう、そう思っています。中国にいる中国人とは、中国に行かないと会えないけれど、日本にいる中国人とは、いつでも触れ合える。日本にいることで、外から中国を見ることができる彼らと、いろいろ話がしたいと思っています。
つい先日も、知りあいの中国の方に「渡辺さんは、この間の渋谷の(中国政府への)抗議集会に行ったんですか?」と聞かれたので、「行きませんでしたよ」、と答えたら「どうしてチベット人はあんなことを言ったり抗議したりするんでしょうか。宗教は個人の自由なのにね」と言うから、「そうじゃないですよ。中国政府は、自由だと言ってますけれど、実際はこうなんですよ」と先ほどお話ししたようなことを伝えると、もうびっくりして、何も言えなくなっているんですね。「どうしよう、どうしよう」って。もう気の毒になるぐらい動転されていて。
チベットもそうだけれど、中国人自身が置かれている状況についても、彼らはもっと知る必要があると思います。だから、私はどんどん中国の方と友達になりたいと思っています。
今、中国のナショナリズムに火がついてしまった感がありますが、この機会に中国人自身の人権問題についても考えてほしい。外からの視点や、国際社会が手を差し伸ばす必要ももちろんありますが、これは中国が内から変わらないと、難しい問題もあるでしょうから。まさに「フリーチベット」だけではなく、「フリーチャイナ」と呼びかけていきたいです。
先日入ってきた中国をおそった大型地震のニュース。
まだ全貌や詳細については伝わってきていませんが、
隣人として、今できることは何なのか、引き続きこの問題については、
取り上げていきたいと思います。
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