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この人に聞きたい

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江川紹子さんに聞いた(その1) 

9条を変えるメリット、デメリットを考えよう

テレビやラジオのコメンテーターとしてもおなじみ
ジャーナリストの江川紹子さんに、九条や自衛隊について、語っていただきました。

えがわ・しょうこ 1958年、東京都生まれ。 早稲田大学卒業後、神奈川新聞社で社会部記者として勤務。 後にフリージャーナリストとなる。 1995年に一連のオウム事件を巡る報道で菊池寛賞受賞。 主な著書に『オウム事件はなぜ起きたか 魂の虜囚』(新風舍)、『父と娘の肖像』(小学館)、『人を助ける仕事』(小学館)など。今年4月から獨協大学でメディアの見方や対人コミュニケーションの方法などを講義する。情報番組「やじうまプラス」(テレビ朝日、午前4時25分〜8時)で木曜日コメンテーターを、ラジオ番組「吉田照美のソコダイジナコト」(文化放送午前6時〜8時30分)で金曜日コメンテーターを務める。自身のホームページ「江川紹子ジャーナル」でも政治・経済・文化・スポーツなど多岐にわたった時事問題について言及している。

以前は「護憲的改憲派」だったけど
今やそんなことは言ってられない。

編集部

 これまで政治・経済・社会、それからスポーツ・芸能など幅広い分野について言及されてきた江川さんですが、憲法や九条についてはあまりお聞きしたことがないような気がしますが。

江川

 そうですね。テレビなどで聞かれれば答えていましたが、雑誌等に憲法や九条について自分の考えを書いたことはあまりなかったかもしれません。

編集部

 そこで、あえて単刀直入にお聞きしますが、憲法九条についてはどうお考えですか。

江川

 「今は変えないほうがいい」と現時点では考えています。以前はどちらかというとカギカッコ付きの改憲派でした。というのも、戦後数十年の間に進んだ解釈改憲によって九条と現実の乖離がどんどん拡大していきましたよね。だから、憲法の条文で自衛隊を明確に位置づけて、そのうえで自衛隊がしてよいこと、よくないことを明記したほうがいいと思ったのです。そうすることによって、まともな手続きもないままに、時の政府の判断だけで事実上の改憲を行う事態を防ぎ、九条本来の趣旨を守れるのではないかという、つまり「護憲的改憲派」だったわけです。
  その考えは今でも基本的に変わらないのですが、ここ数年の間に政府がやってきたこと、さらには安倍首相の言動を見ていますと、この流れの中で、九条の条文を変えることは非常に危険だと思うようになりました。

編集部

 具体的には、どのあたりから危険だと思うようになったのですか。

江川

 やはり小泉内閣以降ですね。自衛隊はアフガニスタン(インド洋での補給活動)やイラクに派遣されましたが、どう考えても憲法の範囲を逸脱しています。特にイラク派遣については、「非戦闘地域がどこかなんて分かるわけがない」「自衛隊の活動しているところが非戦闘地域だ」なんてことを言い出す始末。
  しかも、米英の政治家たちも、イラクには大量破壊兵器もなければ、アメリカへの攻撃意図もないことを認めており、これが間違った侵略戦争であることは、世界の常識です。ところが日本の政府は、そういう戦争をいち早く支持し加担してしまったことに対して、まったく反省も説明もありません。そして現在の安倍内閣では、改憲には時間がかるからと、集団的自衛権の行使に関する解釈を変更する方向で動いています。
  こういう人たちが政治の実権を握っている状況のなかで、ひとたび条文を変えればどうなるか。それこそ、何でもありの状況になってしまう危険性を感じます。今の憲法ではできなかった何をやりたい、というのでしょうか。

 それに、自衛隊に関していうと、最近はむしろ急いで憲法を変えなければならない必然性がなくなってきているように思います。
編集部

 と言いますと?

江川

 かつて、自衛隊員やその家族が「日陰者」のように扱われて気の毒だった時代が確かにありました。自衛隊は憲法違反の存在だと批判的に教える教師も少なくなかったようで、小学校で自衛隊員の子どもがいじめられたという話も聞いています。そういう状況を考えると、もっぱら自衛権の行使を行うために自衛隊を保持すると、憲法に明記すべきだと以前は思っていました。でも今は、自衛隊を廃止すべきだという人はほとんどいませんし、防衛庁が防衛省に格上げされるなど、自衛隊はかつてのような「日陰者」的存在ではなくなりました。

 また、賛否はあるでしょうが、国連平和維持活動(PKO)などある種の「国際貢献」も現状憲法のもとで行っています。つまり、国内的にも国外的にも自衛隊に対する評価は高まっていて、彼らの地位や名誉を保障するために急いで改憲する必要はなくなったわけです。逆に、急いで改憲することによるデメリットはたくさんあります。

九条を変えて戦争当事国になれば、
アメリカと同様に
日本はテロの標的になる

編集部

 改憲することによるデメリットの最たるものは何ですか。

江川

 現在、イラクやアフガニスタンに自衛隊が派遣されていますが、これは「テロとの戦い」という名目を掲げたアメリカに対するお手伝いです。戦力の保持も戦争も禁止した九条があるにもかかわらず、戦争が行なわれている地域に自衛隊を派遣しているわけですね。そこで、補給や輸送などの任務を与えられている。つまり、戦争の下請け仕事をさせられているわけです。
  改憲によって自衛隊の海外での任務を広げ、集団的自衛権を行使するということになれば、今以上のことを自衛隊はすることになります。アメリカは、当然のように「さらなる国際貢献」を要求してきますよ。そうなれば、後方支援などではなく、イギリス軍のようにアメリカと共に最前線に自衛隊が立つ可能性も出てくるわけです。これは日本が完全に戦争当事国になることを意味します。
 自衛隊の海外派遣が行なわれているとはいえ、それでも「日本は戦争をしない国」というイメージを外国は持っています。戦争当時国になればそのイメージは捨て去られ、米英両国と完全に同じ扱いになるでしょう。自衛隊が他国で「殺し殺され」の戦争に加担して日本の若者の命が失われるだけでなく、アメリカ側に立つ戦争当事国として日本国内や在外公館がテロの標的にされる危険性が飛躍的に高まります。日本を守るはずの自衛隊の行動によって、日本の人々の命を危険にさらす、ということになりかねません。改憲を支持する人たちは、この辺をどう考えているのでしょうかね。

 九条を変えるという政治家は、改憲した場合に自衛隊はどこまで踏み出すのか、その場合にどんなメリット、デメリットがあるのかをはっきり言うべきです。そのうえで、「アメリカのようにイラクで自衛隊員が何千人死んでもいい」「日本国内がテロの標的になってもいい」という合意が万が一国民の間で得られるのであれば、私は嫌ですけど、改憲もやむをえないのでしょう。とにかく今は、具体的なメリット、デメリットを挙げて、もっと議論すべきです。 

編集部

 改憲したい人たちは「もう戦後60年も議論してきた」「変えるか変えないかを決める時が来た」と言います。

江川

 離婚後300日以内に生まれた子どもを新しい親の子と認めるかどうかという民法改正をめぐる問題があります。あの問題に関しては、日本の伝統を大切にする人たち――改憲派と重なる人たちが「民法を改正したら家族が崩壊する」「もっと慎重に議論すべきだ」と大騒ぎしていますよね。民法改正が及ぼす効果をあんなに心配していた人たちが、どうして憲法を変えることに関しては楽観的なのか不思議です。民法よりも憲法のほうが拙速に変えてしまった時の影響ははるかに大きいのに……。だいたい「実態に合わないから変える」という論理は、憲法よりも民法にこそ適用されるべきじゃないでしょうか。実際にたくさんの子どもやその親が被害を受けているのですからね。

今回は憲法改定に関する江川さんの考えをお聞きしましたが、
次回は、日本の対米外交をはじめ、安倍首相の内政・外交手腕、
そして、昨今の「右傾化現象」についてお聞きします。お楽しみに!

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