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この人に聞きたい

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江川紹子さんに聞いた(その2) 

参議院選挙は、年金問題だけで考えてはいけない

自衛隊の存在意義から、軍事や経済における米国との関係、
拉致問題そして来るべき参議院選挙など、多岐にわたる問題についてお聞きしました。
第2回は、ロングインタビューでお届けします。

えがわ・しょうこ 1958年、東京都生まれ。 早稲田大学卒業後、神奈川新聞社で社会部記者として勤務。 後にフリージャーナリストとなる。 1995年に一連のオウム事件を巡る報道で菊池寛賞受賞。 主な著書に『オウム事件はなぜ起きたか 魂の虜囚』(新風舍)、『父と娘の肖像』(小学館)、『人を助ける仕事』(小学館)など。今年4月から獨協大学でメディアの見方や対人コミュニケーションの方法などを講義する。情報番組「やじうまプラス」(テレビ朝日、午前4時25分〜8時)で木曜日コメンテーターを、ラジオ番組「吉田照美のソコダイジナコト」(文化放送午前6時〜8時30分)で金曜日コメンテーターを務める。自身のホームページ「江川紹子ジャーナル」でも政治・経済・文化・スポーツなど多岐にわたった時事問題について言及している。

必要最小限の武力は必要だけど、
その中味や規模は慎重に検討すべき

編集部

 前回は憲法改定の是非についてお聞きしましたが、自衛隊の存在そのものについてはどう思いますか。約26万人の隊員がいて、イージス艦をはじめとする最新鋭の兵器が揃っているなど実質的には軍隊そのものですが。

江川

 日本が自衛のために必要最小限の武力を持つことはやむを得ないと思いますし、そのことについては今では国民的な合意があるのではないでしょうか。
 「日本はあくまでも非武装で行くべきだ」という考え方には賛成できません。「非武装中立」という理想を掲げ続けることは大事かもしれません。でも、あまりに現実離れをしていて、実際の問題には対応できません。たとえば、北朝鮮という独裁者が支配する軍事優先の隣国の存在を考えた場合、やはり丸腰というわけにはいきません。
 そこで問題になるのは、ではどの程度の武力を持つべきかということです。私は軍事や兵器の専門家ではないので詳細を述べることはできませんが、専守防衛の範囲を超える兵器や、非戦闘員にも被害を与えるような武器を日本は持つべきでないと思います。だから、核兵器はもちろんですが、地雷やクラスター爆弾の保持にも反対です。「北朝鮮のミサイルが危ない」ということでアメリカ主導でミサイル防衛(MD)システムの話が一気に進められそうになりますが、日本にとって何が必要なのか、本当に効果はあるのか、そして予算は妥当かなど慎重に見極めなくてはなりません。

編集部

 「国土防衛のための自衛隊」という点については、確かに多くの国民が合意していると思います。その一方で、自衛隊の海外派遣については賛否が大きく分かれていますが、このことについてはどう思いますか。

江川

 自衛隊の海外での活動には、イラク派遣のような日米同盟の枠組みを優先したものと、PKOのような国連の枠組みによるものがあります。前者のような派遣には反対だがPKOなら、という考え方もありますが、PKOなら何でもOKというわけにはいかないのではないでしょうか。「平和維持活動」といっても、ゲリラとの戦闘場面が想定される任務が少なくないわけで、自衛隊がどこまで何をやるのか、という点は、もっと議論されなければならないと思います。様々な制約のある自衛隊の派遣が、他国の部隊のお荷物になるようなことがあってもいけない。では、だからといって日本が他の国の基準に合わせなければならない、ということでもありません。
 「国際貢献」のやり方は各国それぞれの事情や方針に基づいて、様々な活動の仕方があると思うんですね。たとえば、経済的に豊かな国とそうでない国では、できることや求められることは違ってきます。日本国内ではお金だけを出すことが悪いことのように言われますが、そういった国がなければ国連の活動は滞ってしまうのですから、別に卑屈になることはありません。
 以前、たまたまユニセフのサイトを見たら、そのトップページに、多額の協力をした日本への感謝のメッセージが載っていました。でも、そういうことを日本のメディアはどこも報道しません。少なくとも外務省が「日本の寄付が国際機関から高い評価を受けました」と発表すべきではないでしょうか。日本のお金によって世界の人々が助かり、多大な感謝をしている――こういう事実が知られていないから、日本の人たちはろくな国際貢献をしていないような気分にさせられてしまい、「日本は金しか出さない」などと非難されると、なんだか申し訳ないような気持ちになってしまう。そこに「日本も血を流さないと…」という理屈が出てくるわけです。

編集部

 湾岸戦争(91年)のあと、クウェート政府がアメリカの新聞に感謝の意見広告を載せた際に、対象国リストに日本の名前が載っていませんでした。そのことが日本国内で大々的に報道されましたが、あれ以来「お金だけじゃダメなんだ」という論調が強まりましたよね。

江川

 そうですね。湾岸戦争のとき日本は約1兆円ものお金を出したのですから、クウェート政府に対して「あまりに失礼じゃないですか」と抗議をすればいいのであって、何も卑屈になる必要はまったくない。

「アメリカに頼れば安心」という
幻想をそろそろ捨てるべき

編集部

 前回、イラクやアフガニスタンへの自衛隊派遣は「アメリカのお手伝い」「戦争の下請け仕事」と江川さんは言いました。つまり、自衛隊の海外派遣を今後どうするかということは、アメリカと今後どう付き合うかという問題とも言えますね。

江川

 戦後の日本は一貫して「対米追随外交」だったわけですが、日米同盟がもたらしたプラスの役割も否定はしません。けれども、「とにかくアメリカと仲良くして、アメリカについていけば何とかなる。日米両国は運命共同体なんだから」という情緒的な考えはいかがなものでしょうか。アメリカ側は必ずしもそう思っていないことは拉致事件への対応を見ればよくわかります。ブッシュ政権は、北朝鮮を「テロ支援国家」「悪の枢軸」と非難し、海外にある北朝鮮の銀行口座を凍結するなど強行姿勢をとってきました。しかし、イラク戦争が泥沼化しイランの核開発などの問題で手一杯という事態になり、内外から強硬な姿勢に対して批判が集まると、今度は北朝鮮に対する態度を軟化させ、いとも簡単に口座凍結を解除しました。イラクに自衛隊を派遣すべきかどうか日本国内で議論されていたとき、「拉致事件を解決するにはアメリカの力が必要なのだから、アメリカに協力することが日本の国益になる」という意見が声高に語られていましたが、見込み違いだったわけです。

 どの国にも言えることですが、アメリカは自国の利益のために外交を展開しているわけですから、北朝鮮と妥協したほうが国益につながると判断すれば、日本のことなど二の次ということにもなるわけなんですね。アメリカの外交責任者であるライス国務長官など「日本には固有の懸案があるが、それは日朝の二国間協議で処理される」と語っていて、拉致は日本の問題であって我々の問題ではない、という態度です。日米は、それぞれの利益になることの共通点が多い間柄ではありますけれど、「アメリカに頼っていれば安心」という幻想はそろそろ捨てたほうがいい。

編集部

 安全保障ほどではないにしても、経済面でもアメリカへの依存度は高いですよね。

江川

 今年3月、ルーマニアを取材したのですが、そこでびっくりするような光景を見ました。EU加盟以降のルーマニアは、外資がたくさん入ってきて国内は建設ラッシュで経済は盛況なんですが、まだまだ賃金は高くない。それでイタリアやスペインなどの外国に出稼ぎに行く人たちがたくさんいて、国内は労働力不足になってきているんです。そこでどうやって労働力を補っているのかというと、私が取材した縫製工場では中国からたくさんの労働者を受け入れていました。数百人が働く工場の労働者すべてが中国人女性なんです。今はまだ中国よりルーマニアの方が賃金が高いからなんですね。けれども、中国は経済成長のまっただ中で、人件費もこれからは大幅に上ることが予想されます。「その場合はどうしますか?」と経営者に聞いたところ、ベトナムやカンボジア、そして北朝鮮の労働力を考えていると言うのです。北朝鮮の場合は国が認めれば人は集めやすいですよね。つまり、世界にはすでに北朝鮮の労働力に目をつけている国があるわけです。
 ルーマニアにも北朝鮮による拉致被害者はいるのに、こういう考え方が出てくるのには少し驚きました。でも、善し悪しは別にして、グローバル化がますます進んで、豊かさを求めて人も物もダイナミックに動く時代にあっては、こういうことは十分起こりうるんですね。その現実を知らないまま、あるいは現実を国民に知らせないまま、いくら日本が経済制裁を主張し、かりにアメリカが同調したとしても、あの国の体制が方針変更をするほどの効果があるでしょうか。日米関係をおろそかにせよということではなく、日米以外の多様な視点を持たないと、日本の利益が実現できない時代を私たちは生きている、ということをよくよく肝に銘じておく必要があると思います。

編集部

 イラクもアフガニスタンも戦闘は激化する一方で、アメリカが始めた戦争に終わりは見えません。アメリカ一辺倒の外交を続けていくことは安全どころか、むしろ今後はますます危険な道に踏み込んでいくような気がします。

江川

 対米追随と言えども、憲法9条があるいまは、それを盾にアメリカに対して「日本はここまでしかできません」と言えます。でも、この歯止めがなくなれば、イギリスと同じような最前線での役割が求められるでしょう。アメリカがイラクに仕掛けた侵略戦争にかり出されたイギリス軍は、すでに150人もの死者を出しているんですよ。自国にとって何ら利益にならない戦争のために。日本の自衛隊の若者たちを、そんな目にあわせていいのでしょうか。

強気一辺倒では
拉致問題は解決しない

編集部

 先ほど拉致問題の話が出ましたが、日本の外交・安全保障政策において対北朝鮮政策は大きな柱と言えます。小泉前首相は「対話と圧力」と言ったフレーズを繰り返していたように硬軟取り混ぜた政策だったのに対して安倍首相は強気一辺倒のように見えます。

江川

 拉致問題に関して強気の発言をすることで政治家としての評価を高めた安倍首相ですから、その姿勢を変えることは難しいでしょう。でも、そのことがある種の「手詰まり感」を生んでいる原因でもあります。ある学者に聞いた話ですが、日本が拉致問題に関するロードマップを示さないことについて、アメリカは困っているそうです。つまり、拉致問題において、どういう事態を「改善」ととらえ、どこまで「進展」と評価するのかすら日本政府は一切示さないわけです。「示せない」と言ったほうが正確かもしれません。もちろん一人残らず救出するのが最終目標ではありますが、そこは外交の駆け引きですから、ただ「全員を返せ」と繰り返すだけでは、交渉にならない。「第一段階はここまで」「第二段階はここまで」「この段階まで進めば前進と認める」といった具合に日本政府が示したうえで、一定の「前進」が認められる場合は、制裁を一部解除するなどの対応を決めておけば「日本は対話を求めている」という北朝鮮に対するシグナルになります。それがあって「対話と圧力」の両輪が機能するわけですし、圧力の意味もある。ところが、今はそういった道筋がないため、北朝鮮からすれば「いったいどこまでやれば日本は納得するのか」と不安で交渉のテーブルにつけない。

 北朝鮮が拉致事件の犯人であることは確かですが、誘拐した被害者を人質にとってたてこもる事件が起きた場合、警察はどうします? 犯人に向かって「逮捕するぞ」「兵糧攻めにするぞ」と叫び続けているだけではないですよね。「おまえの気持ちも分かる」などと言って相手を少しはリラックスさせながら説得します。拉致問題については北朝鮮が悪いのは間違いないですけど、そのことと事件をどう解決するかは別問題です。

編集部

 今のようなことを言うと、「弱気だ」「北朝鮮を擁護するのか」といった猛烈な非難が浴びせられます。拉致問題については発言しにくい雰囲気があると思いますが、どうですか。

江川

 被害者家族が経済制裁を求めたり、なるべく重い罪を科してほしいと思ったりするのは人情からして当然のことです。しかし、圧力一辺倒のやり方が効果的なのかどうかを考えるのが政治家や専門家やメディアの役割ではないでしょうか。

編集部

 なぜ拉致問題の話をお聞きしたのかと言いますと、拉致問題の発覚以前と以後では、憲法や安全保障に対する世の中の空気が一変したように思えるからです。いわゆる「右傾化現象」というものです。

江川

 核家族がさらに分断され、今や一人ひとりの「個の時代」です。プライヴァシーが大切にされ、個人の個性や好みやライフスタイルに応じた働き方や情報収集ができるようになったり、便利になったこともたくさんあるのですが、日本社会は人々がどんどん分断され、乾いた砂粒の集合体のようになってきています。一人暮らしの非正規雇用者など、どこの組織にも帰属しない人が増えていますね。地域のつながりも希薄になっていますし。でも、人間はどこかに帰属したいという思いがあると思うんですね。「国」が、どこにも帰属していない人が、どこかに帰属感を持つ最後の拠り所になっているような気がします。そういう砂地に、国を守らねばならない、国があっての個人、という考えが、水がしみこむように浸透しているのが今の状況かもしれません。

 さらに、小泉首相のころから現象としては顕著になっていると思うのですが、日本人が長い説明や物事の複雑さに耐えられなくなっているのではないでしょうか。白黒をはっきりさせるような短くて強いメッセージが受けていますよね。現実というのは複雑で、すぐに結論を出せないことも多いのに、それが今は何でも単純化して、すぐに結論を求めようとする。例えば、都知事選の際、東京オリンピックの是非について浅野史郎さんは当初、態度を決めていませんでした。そうすると、「はっきりしない」「優柔不断だ」と批判されました。都民の意見をよく聞いて決める、という態度は許されないんですね。

 しかも、改革ばやりで、「改革」とか「変化」とか、何か新しくするというイメージがないと、受けないんですね。中身の良し悪しではなく、変えることに意味があって、かつてのものを護ろうすればすぐに「守旧派」とか、「抵抗勢力」などというレッテルを張られてしまう規制緩和に関する論議などに似ています。だから、「憲法を作って60年も経つのだから、そろそろ変えましょう」という呼びかけは非常に耳に心地よく響くわけです。

参議院選は年金問題だけが
争点ではない

編集部

 5月に国民投票法が成立しました。法整備については、護憲側は反対、改憲側は賛成というのが基本的な構図です。手続き法をこのタイミングで作ったことについてはどう思いますか。

江川

 憲法を変える必要があるのか、あるとすればどこをどう手直しするかという中身の議論をそっちのけにして、まず手続き法だけを急いで作ってしまおうというのは、順序が逆ではないでしょうか。とにかく憲法を変えられる状況を作っておいて、3年経ったら機を見てさっさと変えてしまおうという考えなのでしょう。
 だいたい今の衆院議員は、与党が「郵政民営化を問う国民投票」と言って行った選挙で選ばれた人たちです。本来であれば、民営化法案が通った段階で再び解散してもいいくらいです。にもかかわらず、国民投票法を初めとする重要法案が、数を頼みに議論も尽くさないままに強行採決されている様は、本来の議会制民主主義の道から外れていると言わざるを得ません。特に、憲法問題を政治日程に乗せるのであれば、もう一度衆院を解散すべきです。

編集部

 ただ、自民党の議員などはこう言うでしょうね。「あの選挙は郵政民営化だけが争点ではなかったんですよ。憲法のことも安全保障のこともちゃんとマニフェストに書いてあったでしょ」と。

江川

 理屈としてはそのとおりです。だからわれわれ国民ももっと賢くなる必要があります。今度の参院選にしても、今のままいくと年金問題一色になりそうですが、今回選ばれた人たちは今後6年間は議員でいるわけです。当然、憲法問題についてもその人たちが判断をすることになる可能性が大です。だから、憲法に関して候補者や政党の言っていることの中身をきっちりと吟味しないといけません。今回の選挙の隠された、でも大事な争点が憲法問題だと思います。

参議院選挙まであと1ヵ月。安倍総理が声高に叫んでいた「憲法改正を焦点に」は、
すっかり陰をひそめ、候補者の演説もメディアも、年金問題一色となりそうです。
しかし隠された大事な焦点は、やはり憲法問題。
しっかりと見極めるべきでしょう。

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