『映画 日本国憲法』では、「世界の中の日本国憲法」という広い視点で
憲法問題を捉えようとしたジャン・ユンカーマン監督。
ここ数年のうちに湧き起こったかに見える日本国内の改憲への動きについて、
監督ご自身の考えを語っていただきました。
ジャン・ユンカーマン 映画監督。1952年、米国ミルウォーキー生まれ。
国際政治、経済、労働運動、環境問題の分野でジャーナリストとして活躍。
その傍ら映像作品も手がけ、最新作『映画 日本国憲法』が7月より劇場公開。
他の作品に『劫火‐広島からの旅‐』(1988年)、『老人と海』(1990年)、
『チョムスキー9.11』(2002年)など。日米両国を拠点に活動を続けている。
編集部
最新作『映画 日本国憲法』が評判ですね。この映画を作った動機や目的を教えてください。
ジャン
一つは危機感ですね。9・11テロ以降、映画『チョムスキー9.11』の中で、ノーム・チョムスキー氏が予言したように、世界は悪い方向に向かっています。アメリカはアフガニスタンに攻撃を始め、愛国法が成立し、イラク戦争が始まり、ジョージ・ブッシュが再選しました。
日本はテロとは関係ない場所にいたにも関わらず、憲法を変えるという以前からあった動きが、ここ2〜3年のうちで急速に高まり、現実味を帯びてきています。この映画は、日本国内の雰囲気が、じわじわと体制に押され、憲法を変える方向へと動いていく中において、憲法を見つめなおす材料になればいいと思って作りました。
憲法を変えるのであれば、まず憲法制定に至る歴史を理解しないと、いい方向には変えられないでしょう。今の改憲の論議は、あまりにも歴史を無視して行われているように思います。日本国憲法が、どのような過程で書かれ、どのような環境の中で制定されたかを、もっと正確に知る必要があります。
編集部
実は、映画を見て、こんなにドラマチックな成り立ちがあったことを初めて知りました。
ジャン
日本の憲法の成り立ちは、非常に劇的ですね。アメリカからの“押し付け憲法”とか、アメリカの占領下において1週間で作られた憲法だとか、簡単に言われますが、その内実を調べていくと伝えられているイメージとは全然違っていて、複雑で面白いエピソードに満ちていました。
映画の中でも語られていますが、1週間で憲法がイチから作れるはずはなく、日本の市民が作った憲法、日本政府のつくった憲法、民主主義の歴史があるアメリカやヨーロッパの憲法、その中からあちこち良い部分を抜粋し、理想的で一番いいものを作り上げたのです。また、押しつけ憲法といった面が強調されますが、日本からの自主憲法がありましたし、実際参考にされています。戦後まもなく、日本にも民主化運動が起こり、そういう思想を持った人は、新しい時代のための憲法をいくつか用意していました。
確かに、アメリカやフランスの憲法は、民衆の力で勝ち取った憲法ですが、日本の場合は、民衆の中から革命が起きて、勝ち取ったものではなかった。国民の自主性という意味では、欧米のものとは多少違うところ、考える問題があるとは思います。しかし、ジョン・ダワーさん(注:歴史家。日本の戦後史を描いた『敗北を抱きしめて』の著者)も言っていますが、日本にこの憲法ができ、民衆に圧倒的な支持で受けいれられ、60年もの間文言一つ変えられなかった、これについてはアメリカとは関係のないことですし、日本国民が自分たちのものにした証と言えるはずです。
ジャン
一方政府の側は、憲法ができて10年もしないうちに、変えたいと思っていたのです。今、改憲派は、「時代が変わったから、憲法も変わらなければいけない」と言いますが、実際におなじセリフを、1955年ごろに既に言っていますね。映画の中でも紹介していますが、古いフイルムに残っています。1955年に自民党が出来た時も、最初から憲法を変えたほうがいいという方針を持っていました。50年前から今まで、同じことを繰り返しているのです。
このことからわかるのは、時間が経ったので憲法を変えるべき時代が来たのではなく、最初から“ある勢力の人たち”は、憲法を変えたいという意見をずっと持ち続けていたということです。
編集部
映画を見て驚きました。終戦からわずか10年で、9条を変えるという考えがあったのですね。
ジャン
アメリカとの関係もあります。僕は、アメリカの大学院を卒業後、再来日して水俣病や沖縄の基地問題のことなどを、取材して記事にしていたのですが、20年ほど前、最初に大きな記事を書いたのは、まさに自衛隊のことでした。テーマは、“reluctant warrior”。アメリカの圧力で、無理やりに、日本が再軍備をさせられている、という意味です。
その時もやはり、アメリカの圧力がありました。当時の副大統領のニクソンが来日した際「憲法9条は間違っていたので、日本は改憲した方がいい」と発言していますね。それに答えるようにして、当時の鳩山政府も改憲したがっていましたが、市民の平和の意識や反対が強かったから、政府はどうしようもなかったのです。政府は、絶えず改憲の方針を持ちつづけながら、国民の反対を乗り越えることは、これまでできませんでした。
編集部
ということは、変わったのは国民の意識ですか? それにしてもなぜ政府は常に改憲したがるのでしょうか。
ジャン
平和の意識が弱まったことについては、時間が経ち、戦争の体験が遠くなり、戦争を知らない人が多くなってきたことも原因の一つでしょう。加えて9・11の影響が大きいですね。あのような事件があると、国がそれを利用して権力を強めようとします。アメリカがその例です。
政府が改憲をしたがる理由は、C・ダグラス・ラミスさん(注:作家・政治学者)の指摘で、明解になります。彼は映画の中でも語ってくれていますが、憲法というのは、本来国民が政府に強いるもの。政府は常に権力を拡大しようとしますから、それを国民の側から抑制するものです。だから、政府側は憲法によって押さえつけられるのを嫌って、変えようとするのです。
その視点で見ると、政府が提案している今度の改憲の内容を見て、得をするのは誰でしょうか? 得をするのは政府だけです。国民は損ばかりです。それはとても明白に見えていることです。
つづく・・・
民主主義国家では、憲法は変えられるもの。
しかし変えるのであれば、歴史を知り、中身を知り、
なぜ政府が改憲を推し進めているか、
その理由や内容をとことん議論して考える必要があると、
ジャンさんは教えてくださいました。
次回は、最新作『映画 日本国憲法』について、
さらに聞いていきます。 お楽しみに!
「映画 日本国憲法」は7月2日〜東京と大阪で劇場公開中です。
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