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2010-09-28up

フリーランスライター 畠山理仁の「永田町記者会見日記」~首相官邸への道~

第26回

菅改造内閣で記者会見オープン化はどうなる?
(その4)

 記者会見オープン化への働きかけは、野球のグラウンド整備のようなものだ。私が昨年9月の政権交代以来取ってきた行動は、グラウンドの草をむしったり、でこぼこのグラウンドにトンボをかけたりするような作業だった。
 私はこれをジャーナリズムだとは思っていない。だから私はジャーナリストとは名乗らず、一貫して「フリーランスライター」を名乗っている。私の仕事の本分は原稿を書くことであり、活動家として動くことではないからだ。
 もちろん私の行動を「面白い」と言ってもらえるのは悪い気はしない。だが、いくらグラウンド整備をしても、観客から入場料は取れない。草むしりがエンターテインメントになる国など、世界中どこを探してもないからだ。もしあったとしたら、それは国民が権力者に騙されている国に違いない。

●記者会見のオープン化はゴールではなくスタートだ

 私は今から10年ほど前、雑誌『通販生活』の取材を通じて「日本では記者クラブに所属していない記者はボールを投げることもバットを振ることもできない」という現実に気づいていた。だが、気づいてからの10年間、政府の公式な記者会見をオープン化する働きかけは、ほとんど何もしてこなかった。
 そのかわり、私は記者クラブが報じないことを報じてきた。それは選挙のたびに記者クラブから「泡沫候補」として片付けられ、無視され続ける「インディーズ候補」たちの戦いを取材して世に伝えていくことだった。
 私は記者クラブに無視され続けるインディーズ候補から、多くのことを学んだ。なかでも私に大きな影響を与えたのは、世間では「異端」と呼ばれる彼らの、あふれるようなエネルギーと行動力。そして強烈なキャラクターだった。

「なぜ、新聞やテレビはこんなに熱くて興味深い人たちの人生を取り上げないのか」

 私は何度もそう思った。紙面や画面に出てくるのは、どれもフィルターがかかった『洗練された情報』ばかりだ。人間の泥臭い部分、爆発する感情といった、予定調和を乱しそうなものは見事に隠蔽されていた。
 強烈な個性を放つ他者を認めない。自分とは異質のものは拒絶する。それどころか仲間内だけで固まり、よそ者は排除する。そんな世界は窮屈だし進歩がない。私は幸か不幸か、この構造を日本独特の記者クラブ制度に見つけてしまった。
 記者会見オープン化問題に関して言えば、今の私はグラウンドキーパーにすぎない。もちろん自分でキャッチボールや素振りもする。だが、私などかなわない強打者がグラウンドに立てないことも知っている。その強打者たちがグラウンド整備で疲弊してしまうのは、日本にとって大きな損失だと思う。
 だから私は記者会見の場で、あえてグラウンドキーパーに徹してきた。政策的な質問は二の次にして、記者クラブ制度と記者会見のオープン化だけに絞って質問してきた。
 この姿勢はいろんな人からずいぶんと批判された。「記者会見を飯のタネにしようとしている」「自分だけが入れればいいんだろう」「コップの中の争いをしてどうする」「お前は第二記者クラブを作ろうとしているのか」「記者会見に入れても、くだらない質問しかしないなら意味がない」…。どれも真っ当な批判だ。それだけに私の心は傷ついた。
 実際には、記者会見に出続けることで本業が疎かになり、ちっとも儲からなかった。むしろ金銭的にも肉体的にも疲弊した。この問題に目をつぶって本業に専念していれば、もう少し立派な身なりもできたかもしれない。冬の寒い日によれよれのシャツ一枚で出掛け、「薄着だねえ」と言われることもなかっただろう。そしてその言葉を「薄汚ねえ」と自ら聞き間違えることもなかったはずだ。
 それでも私は記者会見に出続けた。そして批判を受けるたび、私は呪文のようにこの言葉を自分に言い聞かせたのだ。

「記者会見のオープン化はゴールではない。スタートだ」

●記者会見を一刻も早く真剣勝負の場にしよう

 これまで日本政府がやってきた記者クラブ向けの記者会見は、ほとんどが予定調和の世界だった。権力側と報道の戦いは「紅白戦」でしかなかった。そして、その場所に他チームの選手や大リーガーが入ることを許してこなかった。活躍できない選手がペナントレースの中で自然淘汰されていくのは当然だ。しかし、あらかじめ門戸を閉じるべきではない。
 だから私は記者会見のオープン化を求めてきた。日本ではまだ「オープンな公式戦」すら始まっていないと思ったからだ。
 そして今もなお、限定されたプレーヤーたちによって、「これが最高峰のリーグです」という宣伝は続いている。善良な日本人はその言葉を信じ続けている。世界の国々がそうであるように、早く日本でも記者会見を「オールスター戦」の場にしなければならない。
 もう一つ、誤解されることが多いのではっきりさせておく。私は記者クラブとフリーランスの記者が対立する必要は全くないと思っている。本来、報道に携わる者が対峙すべきは権力者だからだ。
 その一方で、記者クラブが自身の既得権にこだわり、クラブ以外の記者を排除しようとする現在の姿勢はおかしいと思っている。これは自らが「権力者でありたい」という欲求と同じだ。私はその姿勢にだけは絶対に共感できない。自らの権利を庇護してもらうために権力のお先棒を担いだり、権力に助け舟を出したりしてどうするのか。それでは堕落した「権力の犬」どころか、寄生虫そのものだ。
 報道という市場の中で、最終的にいい報道、悪い報道かを判断するのは読者、視聴者である。記者クラブの報道がすべて悪いわけではなく、必要な報道もたくさんある。だが、彼らが取材したことがすべて世に出るわけではない。だから「書かれていないことは、なかったこと」になる可能性がある。これも社会にとって大きな損失だ。そこに記者クラブとは違う視点から、長いスパンで取材を続けるフリージャーナリストたちが活躍できる余地がある。記者たちは互いに補完し、利用しあえばいいのだ。
 もし、記者会見が権力側の「発表の場」に過ぎないのであれば記者はいらない。政府広報がその役割を担えばいい。記者会見に意味があるのは、そこが質疑応答の場だからだ。しかし、記者会見がオープン化されていない現状では、記者クラブとそれ以外の記者が質問権を争って、くだらない対立をしなければならない。
 その争いを一番喜ぶのは誰か。厳しい質問が浴びせられない権力者だ。
 記者会見のフルオープン化がなされたとき、ようやく権力と報道の本当の戦いが始まる。すでに観客はガチンコ勝負を見るために、少しずつスタンドに入りだした。記者会見が真剣勝負の場になれば、政治家も記者も技量が磨かれる。ファインプレーも出るだろう。
 さあ、一刻も早く試合を始めよう。開かれた日本の民主主義のために。

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私たちはずっと、
「記者クラブ」という極めて閉じられた空間と記者による「ニュース」が、
真実であり全てだと思いこんできました。
しかし畠山さんのコラムは、
「そうではないのだ」ということを気づかせてくれました。
ようやく日本の開かれたの報道、
民主主義の実現のための土台が作られようとしています。
これからが正念場です。

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畠山さんの連載、
「永田町記者会見日記」は、
これからも不定期更新でお届けします。
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畠山理仁さんプロフィール

はたけやま みちよし1973年愛知県生まれ。早稲田大学在学中の1993年より週刊誌を中心に取材活動開始。1998年、フリーランスライターとして独立。興味テーマは政治家と選挙。米国大統領選、ロシア大統領選、台湾総統選など世界の選挙も取材。大手メディアが取り上げない独立系候補の活動を紹介した『日本インディーズ候補列伝』(大川豊著・扶桑社刊)では取材・構成を担当した。 昨年9月18日、記者クラブ加盟社以外にも開放された外務大臣記者会見で、フリーの記者として日本で初めて質問。今年1月22日には、東京地検からの事情聴取直後に開かれた小沢一郎・民主党幹事長の記者会見を、iPhoneを使ってゲリラ的にインターネットで生中継し注目される。twitterでは、 @hatakezo で日々発信中。

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