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デスク日誌(21)

070912up

弱さの退陣

  昨日(9月11日)、「デスク日誌(20)」を書きました。そこで、安倍首相の言葉の軽さ、いい加減さを指摘しました。その上で、安倍首相は、自分が思いつきでつい口走ってしまった言葉に足をとられて、自縄自縛に陥るだろう、とも指摘しました。

 その通りになりました。

 しかし、これほど唐突な辞任劇になるとは、私も予想してはいませんでした。

 普通の感覚なら、とても今回のタイミングでの辞任を予想することなんかできません。

安倍首相はたった数日前に、国会で「所信表明演説」を行い、「自らの新しい国創りをこれからも推進していく」と述べたばかりだったではないですか。そして、その所信表明に対して、本日(12日)13時から、鳩山由紀夫民主党幹事長らが国会で野党代表質問に立つ予定だったのです。

 自分がこれからの政策を示しておいて、その数日後に唐突に辞任を表明する。では、あの所信表明演説は何だったのか?

 こんな無責任な政権の投げ出し方もないでしょう。

凍りついた議員たち

 12日午後1時少し前、各党議員たちは、国会内のそれぞれの控え室に集合して、本会議の開催ベルが鳴るのを待っていました。しかし、ベル音は聞こえず、控え室のテレビ画面に流れたのは「ニュース速報・安倍総理、辞任の意向」だったのです。

 瞬間、自民党の控え室は凍りつきました。当然です。ほとんど誰も、知らされていなかったからです。

 ただひとり(と言ってもいいでしょう)、知らされていたのはどうも麻生太郎自民党幹事長だけだったようです。麻生幹事長は「安倍総理は、わたしにはもう国会内における求心力がないと、辞任の意向を洩らしていた」と話しています。

 お友達として有名だった前自民党政調会長の中川昭一氏さえ「驚いた、何も聞いていない」とコメントしていました。それだけ、麻生氏だけが頼りだったのでしょう。

 参院選大惨敗が判明する直前に、すでに「どんな結果になっても、総理を続投するべきだ」と、安倍首相に告げたのは麻生氏だったと言われています。その言葉に安倍首相は続投を決意し、さらに麻生氏を自民党No.2の幹事長に指名して協力を得ようとしたのです。だから、麻生氏にだけは心のうちを打ち明けたのかもしれません。

 もはや切れてしまった意欲の糸を、かすかに麻生氏に託したのでしょうか。

安倍から麻生へ?

 かくして、次期首相の座をめぐる自民党内の思惑は、麻生氏を中心にして回り始めました。

 先日の電話で、あるジャーナリストが教えてくれたように、ダブルA(安倍・麻生)の盟約は生きていたのかもしれません。それは、安倍首相の、自分が最後までこだわった「戦後レジームからの脱却」という路線を託すのは、同じ思想を抱く麻生氏しかいない、という想いだったのでしょう。

 機を見るに敏な麻生氏は、しかし、その「戦後レジームからの脱却」路線を受け継ぐでしょうか。本心はそうであっても、しばらくはその路線を封印するのではないでしょうか。

 小泉改革路線を否定せざるを得なかった安倍首相のように、麻生氏もまた、もし次期政権の座についたとしても、しばらくは、安倍戦後体制打破路線を否定する道を選ばざるを得ないでしょう。 安倍首相惨敗の原因がその路線にあったことが明らかだからです。いつ、その仮面をかなぐり捨てるかは分からないけれど。

後手後手後手---

 結局、安倍首相は、自分が発した言葉の軽さに足をすくわれて、政権を投げ出さざるを得なくなってしまいました。戦後日本政治の中でも、それこそ歴史に残る「無残な退陣」です。安倍首相が意図した「改憲を成し遂げた歴史に残る首相」とは、あまりに違いすぎる結末です。

 こんなひどい末路は、見たことがありません。これほどすべての施策が後手後手に回った首相も、歴史上初めてでしょう。

 閣僚たちの不始末に対して有効な処理ができない。後手。

 年金問題での対応もその場しのぎ。後手。

 参院選惨敗の責任の取り方もはっきりしない。後手。

 そして最後の最後、自らの退陣すら、後手でした。

 本来ならば、参院選後の早い時期に、責任を取って辞任すべきだったのです。それをここまで引っ張っておいての唐突な辞任です。「いま」という時期に、どんな意味があるのでしょう。ただのワガママとしか見えません。

 辞任表明の記者会見で、安倍首相はしきりに「局面の打開」を訴えました。

 「小沢民主党代表への党首会談の申し入れが拒否された」

 「党首会談を実現するにはリーダーを変える必要がある」

 「これ以上わたしが総理を続けていても、障害になるばかり」

 「職を辞することによって、局面を展開させることが必要と考えた」

 「所信表明の政策の実行は困難な状況。実行できないのであれば、なるべく早く退陣を決断すべき」

  なんだか、子どもの泣き言にしか聞こえません。あるテレビなどは、皮肉を込めたのでしょうか、「涙目の記者会見」というようなテロップさえ流していました。

 体調不良というウワサもありますが、それにしても弱かったのですねえ。 世襲議員の限界でしょうか。

 そして、多分、次を継ぐのも世襲議員でしょう。苦労しらずの、そして戦争知らずの2世3世議員たちが、安倍首相の失敗をほんとうに学んでくれるといいのですが。

(小和田 志郎)

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