上原公子(うえはら・ひろこ)宮崎県生まれ。法政大学大学院修士課程中退。元東京・生活者ネットワーク代表、東京国立市市会議員、水源開発問題全国連絡会事務局、国立市景観裁判原告団幹事を経て、1999年5月、国立市長に立候補し当選。2期8年務め、2007年4月に退任。著書に『〈環境と開発〉の教育学』(同時代社)『どうなっているの?東京の水』(北斗出版)など。『マガジン9条』 の発起人の一人。
岩国市長選挙の焦点は、米軍基地艦載機移転問題だけではありません。
「アメとムチ」に屈し、国の傀儡となることをずるずると許すのか?
毅然と地方自治と真の民意を守りきれるのか? 日本の民主主義が問い直される、
重要な選挙だと上原公子さん。その意味について、緊急にお聞きしました。
2月10日に山口県岩国市で行われる市長選は、歴史に残る選挙だと私は思っています。その理由は、今、岩国で起こっている問題は、大規模な米軍の部隊が、厚木から移転してくることだけではないからです。もちろん、そのことも大問題です。しかしもう一つの大きな問題は、市民自治つぶし、地方自治つぶしがあからさまに「法的」にやられていることです。
2007年、補助金の特措法、「米軍再編推進法(駐留軍等再編円滑実施特別措置法)」が作られました。この特措法では、「(国の)言う事を聞く地域にはお金をあげるけれど、そうじゃない地域には一銭もださない」とあからさまに兵糧攻めがやれるのです。国民投票法成立の陰に隠れて、メディアはほとんど取り上げませんでしたが、これは恐ろしい法律です。私も国立市長の時に、住基ネット切断などで、国から補助金をめぐってじんわり圧力を受けましたが、それは見えないようにやられていましたし、国もそれなりの削減根拠を作ってきていました。
岩国市は「市民の負担を重くする今以上の基地強化は認められない」という立場をとっていますから、米軍再編に伴う交付金対象から外れてしまっているのです。岩国には基地がすでにこんなにあるのにです。
岩国市は、以前に前の市長が約束をしていた、普天間基地から岩国基地への空中給油機移転の見返りによる交付金をあてて、3年計画で市庁舎建設を進めていました。それなのに突然工事の最終年度になって、35億円をカットされるという事態になり、市庁舎は未完成のまま工事はストップ。この35億円については、今回の米軍再編に伴う基地移転とは、何も関係ないのにです。
厚木艦載機の基地移転については、これまで2回も反対の民意が示された、それなのにつぶさんとする、それも「お金」をつかって。国は、地域の地元住民や市長と話し合いを持つこともなく、いきなりの補助金カットを決めたのです。このえげつなさには、日本は本当に民主国家なのか? と疑いたくなる思いです。
先日、「国の言うことに、地方は口を出すな」と間違ったことを言い出す知事が誕生したことに、また危機感をつのらせています。大阪で行われた記者会見で彼は、「国の専権事項に、地方があれこれ言うのもおかしい。憲法を勉強してください」そう言ったそうですが、私は彼にこそ、憲法の第8章、「地方自治」の章、92条をしっかりと読んで理解してほしいと思います。
92条の条文は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。」そうあります。
この条文は、国と地方が対等であり、対立するものである、ということを保障しています。92条についての伊藤真さんの解説を引用しますと、「この“地方自治の本旨”とは、一般には「住民自治」と「団体自治」という言葉で表します。住民自治とは、地方自治は住民の意志に基づいて行われるべきという民主主義的な要素、団体自治とは、地方自治は国から独立した団体に委ねられ、その団体自らの意志と責任の下で行われるべきという自由主義的な要素です。」
私がどうしても「ここで井原さんをつぶせない」と考えているのは、このままでは、この92条をつぶすことになるからです。民主主義、地方自治、国民主権をつぶしてしまうことになる。だから、この選挙は「歴史に残る選挙」なのです。
この岩国の問題について、全国のみなさんが我が地域の、自分自身の問題にして、問い直してもらいたいのです。ただ単に、「岩国が大変だ、岩国がかわいそう」という問題ではありません。
「地方自治」は、明治憲法下にはなかった規定です。明治時代には、地方自治体は、中央政府の出先機関であり、知事も中央政府から派遣されて仕事をしていました。
地方自治が日本国憲法で明確に規定されたことには、「自由主義的な意義」と「民主主義的な意義」という二つの意味があると言われています。自由主義的な意義とは、中央の権力が強大化するのを抑えるために地方に分散させるという権力分立の発想があります。戦前のファシズムが再び起こらないように、国が暴走しないようにということからも考えられたことです。
それなのに今、「国のことに地方自治体が口を出すなんて“憲法違反”」というような、とんでもない府知事が登場し、それがまた人気を博していたりと、このことが、非常にあぶないと思います。
そして地方自治は、そこに暮らす人たちが、自分たちで考え、自分たちでやることです。だから直接民主主義的な制度も多く取り入れられているし、「地方自治は民主主義の学校」という言い方もされています。人々が、より直接的に政治的な関わりを持つことで、主権者としての意識を持つためです。「今の状況を変えたいから、強いリーダーに頼っておこう」ということではないはずです。もちろん地方が国の傀儡となるものではありません。
ところで、多くの人にはなかなかイメージできないかもしれませんが、基地がわが町にやってくるというのは、どういうことでしょうか? まず私たちの日々の生活に、ものすごい爆音や危険が入り込んでくるということです。それも一過性や期限付きのものではありません。
厚木基地訴訟であんなに長い間、市民ががんばっているのは、それはもう殺人的な爆音が耐えられないからです。凄まじい音をたてる空母艦載機の訓練を昼夜かまわずやる。夜中、早朝それらが続くと、誰だって心身共におかされていきます。私は実際に、現場の人に話を聞きましたが、その騒音、ひどい時には30分に36回、飛び立つというのだから、じつに、爆音がずっと継続していると考えた方がいいでしょう。
その見返りとしての補助金があるじゃないか、と言う人もいるでしょう。しかし、横田基地や厚木基地のある場所が、抜群にうるおっているでしょうか?現実を見たら、ぜんぜんそうじゃないことがわかるでしょう。
岩国では、市長が替わって受け入れに賛成したら、交付金が1兆円くるという、デマが飛び交っているそうです。そして各戸に2万円渡されるというデマもあるそうです。それに2万円もらって、眠れない日々を一生送らなくてはならないなんて、なんて愚かしいことと思います。誰だって自分の命や家族の命のことの方がずっと大切なはずです。
一度、基地を受け入れたら、基地に依存する街になってしまいます。そういう街は、全国のあらゆる場所にあります。今、地方はどこも大変です。財政赤字で苦しんでいます。しかし、基地で一時的に潤ってもすぐに枯渇し、また基地を受け入れていくことでしか、自立できない自治体になってしまっては、未来はありません。ここには様々な問題があります。しかし地方は、たくさんいいものを持っているのだから、それを活かすまちづくりをもっと考えていかなければ、と思います。
そしてこれは、遠い地方の問題ではありません。米軍再編が拡大する中、日米同盟が強化されつつある中、あなたの街にも、家のすぐ近くにも、ある日突然、米軍基地が、米軍住宅がやってくるかもしれない。
私たちは、米軍再編によって変質した日米同盟についても、根本から国民の側から、改めて問い直す時期にきているのではないでしょうか。
(2008年2月3日インタビュー)
写真:関根孝
テレビではアメリカ大統領選の候補者選びについての報道が白熱していますが、
日本国内でも大事な選挙戦の真っ只中です。
その経緯に注目しながら、引き続き、
日米再編問題について、考えていくインタビューをお送りしていきます。
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