米国国家安全保障局(NSA)が欧州をはじめとする同盟国首脳に対して盗聴を行っていた問題で、米国の対外関係は揺れています。自身の携帯電話が盗聴されていたとされるドイツのメルケル首相は、オバマ大統領に対して、「ドイツと米国のような長年の友人の間で、このような監視があってはならない。信頼を破る行為で、重大な結果を招く」と抗議しました。
メルケル首相が抱いた強い不快感は、彼女が旧東ドイツで携わっていた民主化運動と無縁ではありません。
旧東ドイツ国家保安省(通称「シュタージ」)は国内に監視網を張り巡らせていました。反政府的な活動を行っている者はいないか、に目を光らせていたのです。当時、監視の対象であった可能性の高いメルケルは、今回のスキャンダルで過去を苦々しく思い出したのではないでしょうか。
いま日本政府は、米国国家安全保障会議(NSC)を模した国家安全保障会議の設立、そして特定秘密保護法の制定を急いでいます。
後者は、政府や行政の長が「国家安全保障上の機密だ」と指定すれば、その情報は公開されず、それを国民に周知しようとする行為を罰することのできる法律です。これが成立すれば一人歩きを始めるでしょう。
映画『善き人のためのソナタ』は、シュタージがいかに盗聴をしていたかをリアルに描いています。主人公であるシュタージの大尉は、東ドイツ政府の首脳から直接命じられて盗聴行為をしていたわけではありません。自分の任務に忠実だったにすぎませんでした。
NSAが日本の首脳も盗聴対象としていた可能性は十分考えられます。ところが、菅官房長官は「米国による安倍首相への盗聴行為はない」と断言しました。何を根拠に? 現在、ロシアに亡命中のスノーデンCIA元職員が持ち出した極秘文書によると、NSAは日本を含めた38カ国の大使館に対しても盗聴を行っていたといわれています。にもかかわらず、日本政府はその真偽さえ米国側に問いただそうとしません。
抗議をしたらアメリカを怒らせると臆しているのか、どうかはわかりませんが、情報に対してこの程度の判断しかできない組織が情報を独占するとどうなるのでしょうか。
シュタージは国家の安全保障という当初の目的から離れ、国民をいかに監視・統治するかに比重を傾けていきました。そして国民に恐れられ、嫌悪され、やがて解体していったのです。
国民を代表するはずの政権が、国民と対峙すると、どうなるか。それは歴史が証明しています。
(芳地隆之)
>旧東ドイツ国家保安省(通称「シュタージ」)は国内に監視網を張り巡らせていました
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そのシュタージと敵対する存在として、ドイツ(旧西ドイツ)の連邦情報局(BND)という存在があります。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/1356/bnd.htm
BNDとは、旧ドイツ国防軍の将軍で東部戦線にて対ソ連の情報活動を行っていたラインハルト・ゲーレン中将が長となって「ゲーレン機関」としてスタート、1955年にBNDとなり、その主任務は対ソ連の諜報活動、さらに東ドイツ解放と統一のために裏から支援活動、東側の大物スパイの逃亡から、東側に揺さぶりをかけるヴァチカンのローマ法王の活動の支援などであり、こうした地味な裏方的活動が、後の鉄のカーテンの崩壊を引き起こしたとも言われております。 とはいえ、ゲーレン機関は当初、情報収集や諜報活動、その逆の防諜活動に関して優秀な能力を持つ元SS隊員や職を失ったゲシュタポの捜査官を取り込んで諜報活動を行っていた為、評判はすこぶる悪く、ゲシュタポやSSに対して恐怖心を抱いている西ドイツ国民はナチス残党が居座る新生西ドイツの情報機関を激しく憎悪されました。 実際、彼らの中にはナチス戦犯を国外へ逃亡幇助させる組織「オデッサ」に関与する者もおり、情報局員という立場を使って大物の戦犯達を支援し、ドイツ国民の不興に輪をかけました。
さて、西ヨーロッパの共産化の波を防ぐ防波堤として米英の指導によって設立されたBND(ゲーレン機関)は、組織の構築に強いドイツ人気質によって急成長し、CIAやNATO情報部もその実力を買いました。 ヨーロッパ国内での対ソ情報の殆どがBNDの緻密な情報網によって収集され、CIAに引き渡されたそうです。
しかし、西ドイツがソ連の後押しで東西統一の樹会が巡ってくると、一転してBNDとCIAとの関係は悪化し、再び大国化するドイツの力をそぐためにCIAはしばしば、同じく西に吸収されることを恐れた東ドイツ側の情報機関シュタージと連携してBNDの諜報活動に干渉することもあったそうです。
なお、BNDは建前として西ドイツ国内においては関与せず、東ドイツとソ連、あるいはワルシャワ条約機構軍に対してのみ活動することになっているとされ、国内での防諜・対テロ活動は主に憲法擁護庁と、軍事諜報部がこれに従事しております。
そして、東ドイツとの併合後、東独側の情報機関シュタージは解体され、シュタージが握っていた大半の秘密情報をBNDは確保し、これらの情報の中には東ドイツ国内で活動する東西双方のスパイの名簿もあったとされ、その膨大な資料は現在も調査が続行されています。 また、現在の任務はバルカン半島情勢や、ネオ・ナチや極右組織の台頭、ロシアの脅威への対応だと考えられています。
そこで、「情報に対してこの程度の判断しかできない組織が情報を独占するとどうなるのでしょうか」とおっしゃる芳地隆之さんは、日本版CIA構想が1950年代に頓挫し、要員が170人ほどの小ぶりな内閣情報調査室しか持たない日本と、職員数は7000人以上に達し、そのうち、約2000人が国外での諜報情報の収集に従事するBNDを持ち、国内での防諜・対テロ活動をする機関も持ち、さらに国益の為にはCIAとも敵対した歴史と実績を持つドイツと比べ、国家の情報機関というモノをどのように考察し、ドイツの対米批判を賞賛されたのでしょうか?
このような議論を冷静かつ合理的に推移させるには、ドイツの諜報活動の実績を見れば一目瞭然の、生き馬の目を抜くが如くの国際社会の冷徹な裏の側面を熟知したうえで、「そもそも、国家の情報機関とは、一体どうあるべきなのか?」との問いかけに対して的確な回答を提示できなれれば、ただ体制側の「危険性」を煽るだけの、都合がよい出来事のつまみ食いにしかみえない旧態然とした左派、リベラル的な論理となり、それを聞く人がたとえ賛成であれ、また反対であれ、その人に新鮮な驚きを与えることはできないでしょう。
とりわけ、国家安全保障会議の設立と特定秘密保護法制定に関するアンケートに、賛成でも反対でもなく「どちらでもない」と回答する一般的な日本人に影響を与え、考えを改めさせ、反対や疑念に票を投じさせるような指摘をすることは不可能でしょう。
もし、政府が憲法をきちんと守り、国際情報に詳しく、有能で、国民の安全を守るために命をかける政治家だけでできていれば、秘密をつくられても怖くないかもしれません。
しかし、現実はそうではありません。
アメリカのためなら憲法を無視して、なんでもなし崩しでやってしまうような政府ですから。
そんな政府に抜け穴だらけの法律で情報を隠されるのは、危険すぎる。
米軍基地にこっそり核爆弾を保管してテロ対策で秘密にするとか、自民タカ派だったらやりかねない。
管理する側からすれば、国民に知られて批判されるのが面倒だから、秘密にしておいた方が楽でしょう。
どちらから見るか、ですね。
政府側からみるか、国民側からみるか。
ピースメーカーさんは政府側からみている。
マガ9は国民側からみている。その違いですね。
>ピースメーカーさんは政府側からみている。
>マガ9は国民側からみている。その違いですね。
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いえ、芳地隆之さんもまたドイツのメルケル首相というドイツ政府側の人間の視点から論理を展開しているから、マガ9もまた「政府側からみている」ともいえるでしょう。
というより、「(政府側と国民側の)どちらから見るか、ですね。」なんて言うのは、単なる思考停止の正当化です。
どちらかなどと固定化させるなんて天動説的発想で、真逆の地動説的発想も柔軟に取り入れる自由さ、柔軟さがあるからこそ裏も表もアリの「多角的考察」ができるのであって、そもそも硬直した思想の持ち主の論理など、それがどんなに(主張している本人の主観では)正しかろうが、聞き手としてはつまらないことこの上ありません。
さて、リベラルの人は地位協定などでアメリカに物言うドイツの外交姿勢を挙げ、日本も見習うべきなどと主張しますが、ご覧の様にアメリカという獅子、ロシアという熊に、さしずめ海千山千のドイツは狐として対峙しました。
ならば、獅子や熊に加えて、中国という虎に囲まれた日本としては、せめて狸くらいにならなくては、日米安保や在日米軍基地や領土などの問題を解決できはしないでしょうし、その為には政府側の視点が必要でしょう。