今週の「マガジン9」

 ビートルズに『All You Need Is Love』という作品があります。イントロにフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』、エンディングにグレン・ミラー・オーケストラの『イン・ザ・ムード』などが挿入される遊び心満載の、私の好きなビートルズ・ナンバーのひとつです。ただし、この曲名を『愛こそすべて』と日本語に訳したとたん、違和感がつきまとう。「愛」という言葉に気恥ずかしさや嘘っぽさを感じてしまい、英語の話し手の「ラブ」ようには使えないのです。
 しかも「愛」という感情はややこしい。「博愛」とか「人類愛」とか書けば見映えはいいけれど、愛情は、それを注ぐ相手の態度次第で、ときには嫉妬や憎しみといった負の感情を喚起することもあります。見たくもない自分自身のネガティブな面を見せつけられる厄介ものもまた「愛」なので、軽々しく口には出せないのです。
 「愛国心」という言葉に対しても同じような違和感を覚えます。本サイトのコラム『鈴木邦男の愛国問答』を執筆してくださっている鈴木邦男さんは自著(『愛国者は信用できるか』講談社現代新書)で、〈愛国心は小声でそっと言うべき言葉〉だと書いています。ところが、自分の国への「愛」は、しばしば他の国や民族に対する反感や嫌悪とセットで強調されがちで、その「愛」を他者への攻撃によって確かめようとする。そんなことも指摘していました。
 人は誰かを、何かを愛しても報われないことがあります。いや、むしろ、そういう場合の方が多い。「見返りを求めないのが愛」などと書けば、今度は安手の歌詞みたいになりますが、愛国心を語る際には、いくら自分が国を愛しても、国は自分を愛してくれないかもしれない、ということを頭の隅に置いていた方がいい。「愛国者」鈴木邦男さんは、その冷徹な真実をよくわかっておられるのだろう――。
 先日、「在日特権を許さない市民の会」という団体の街宣活動をめぐって、京都地裁の判決が在日コリアンへの侮蔑や排除をあおる人種差別と判断したとのニュースに接した際、私はそんなことも考えていました。

(芳地隆之)

 

  

※コメントは承認制です。
vol.423
あなたが国を愛しても、
国はあなたを愛さないかもしれない
」 に5件のコメント

  1. それあまりに普通です!キリスト教ににせよ浄土真宗にせよ、信者がいくら愛そうがご奉仕しようが、救われるのは神の勝手な予定によるわけで、天皇制も北朝鮮もたぶん一緒。皇居の前掃除してるおじさんや靖国神社でゴミ拾いしてるおばさんで、見返り求めてる人なんかたぶん1人もいない!鈴木さんに聞いてみてもすぐわかります。

  2. 花田花美 より:

    私は浮世絵や歌舞伎や能や仏像や源氏物語などの文学など、日本文化が大好きです。
    特に、浮世絵の構図の斬新さにはいつも驚かされています。
    西洋の画家たちが収集に走った気持ちがよくわかります。
    気が狂いそうなほど精緻な伝統工芸品も大好きです。
    能の奥深いファンタジーにぞくぞくします。

    しかし、一部で問題になっている、日の丸、君が代の強制には反発を覚えます。
    やはり、太平洋戦争での国家神道を思い出してしまいます。
    文化に根差さない愛国心の叫び声は、子供っぽい暴力性を感じます。

  3. ピースメーカー より:

    愛国心を持つ人は、「国に報われる為に」国を愛しているのでしょうか?
    例えば、あなたが日本国憲法の平和主義を敬愛する人だとします。
    あなたは日本国憲法の平和主義に報われ、何らかの利益を得ようとする目的の為に、日本国憲法の平和主義を愛しているのでしょうか?
    違いますよね。
    あなたは日本国憲法の平和主義を敬愛するというプロセスを通じて、自分という存在をこの世に確立させたいが為にそうしているのですよね?
    日本という国に愛国心を持つ人もまた同様だと思いますが、如何?

  4. ピースメーカー より:

    最近、何気なくパソコンを閲覧していたら、韓国、大邱市在住の太田あつし氏の「韓国の市民社会は今」というコラムが個人的にとても面白かったので、皆様にも紹介いたします。
    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131009-00010007-agora-pol&pos=1
    愛国心とかナショナリズムとか反日・反韓感情とか人種差別とか市民交流や和解などをマジメに考えるうえで、ひとつのヒントになると思います。

  5. ピースメーカー より:

    以下は、太田あつし氏のコラム、「韓国の市民社会は今」からの抜粋です。
    ”ある日、授業の休み時間にスマート・フォンを時折クックッと笑いながら一心に眺めている学生に何を見てるのだと聞くと、そういう番組の一場面で、キムチをバカにされたといって韓国人が怒っている動画を見せられた。先生、それどう思いますかと学生が面白そうに聞く。ふむ。あのなあ。キムチなんかで自慢したり怒ったりしてんのは本当の愛国心じゃないぞ。愛国心というのは生まれ育った共同体の隣人を無条件に愛することなのだ。キムチだのオリンピックだのそんなもの何もなくてもいいのだ……。”   ”結局、両国の市民社会を眺めて思うことはどうもその近代におけるナショナル・アイデンティティ形成の類型が相対的に見て根本的に異なっているのではないか、という印象だ。日本は後発近代化型の、血統や人種の「唯一性」や集団的意思の「真正さ」を追求する集合主義的なもの、韓国はアングロ・サクソン的な個人の「権威からの離脱」と「自由主義的」な性向をその基礎としているのではないだろうか。”   ”しかし、両国とも指導層が、戦争敗北や植民地支配という過去のルサンチマンによるものなのか、それぞれ国民性向とは逆の方向性、リベラルな法治主義や民族主義という国民の魂が籠らない借り物の思想で国内的にも対外的にも管理しようとしているのが間違いの元になっている。「平和憲法」やら「反日感情」などと呼ばれるものはその作品に過ぎないのかも知れない。”    ふむふむ、なるほど………。

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