今週の「マガジン9」

 「森友学園」の問題が注目を集める陰で、今月21日、「共謀罪」新設の規定を含む組織犯罪処罰法改正案が閣議決定されました。

 共謀罪とは、ある犯罪(今回の法案では277の犯罪が対象になっています)が実行に移されなくても、計画した段階で罪に問われる、というもの。これまで3度にわたって国会で審議されながら、恣意的運用の危険性などが指摘されたことで、いずれも廃案となってきました。今回、政府は「テロ等準備罪」との名称を用いて「共謀罪とは違う」と主張していますが、「犯罪の実行行為がなくても処罰される」という本質は変わっていません。

 その危険性については様々なところで指摘されていますが(昨年の鈴木耕さんのコラムもお読みください)、一連の議論の中で私が一番怖いと感じたのは、政府がたびたび繰り返す「一般人には関係のない法律」という言葉です。

 たしかに、共謀罪が規定されようとしている組織犯罪処罰法の対象は「組織的な犯罪集団」ですから、犯罪集団とは縁のない「一般の人」とは無関係のようにも思えます。

 しかし、誰が「一般人」で誰がそうでないのかを決めるのは、ほかでもない政府です。権力にとって都合の悪い、たとえば大規模なデモを率いる市民運動家や、政府を厳しく批判する有力なオピニオンリーダーなどが出てきた場合に、その人の所属するグループを「犯罪集団」だと認定することも、簡単にできてしまうでしょう。「一般人には関係ない」ということはつまり、「政府を批判するようなことをしなければ関係ない」と言われているようにも聞こえます。

 政治に関心はないし、政府批判をしたりデモに行ったりもしないから私は大丈夫、と考える人もいるでしょう。でも、福島での原発事故の後に初めてデモに行ったとか、自分が子育てや介護の当事者になって初めて社会問題に関心を持ったという話は、あちこちで耳にします。あるいは、今の政治には不満はないという人でも、ふたたびの政権交代などで政策が大きく転換し、それには賛成できないと感じるようになることもあるかもしれません。

 けれど、そうして「声をあげたい」と思うようになったときには、表だって政府批判なんてとてもできない空気が社会を覆っていた──。そんなことも、十分にありえるのではないでしょうか。

 戦前の治安維持法も、当初は「国体の変革、私有財産制の否認を目的とした組織」のみが対象であって、「労働運動や社会運動を抑圧するようなことはない」「一般人は無関係」と喧伝されていたといいます。それが成立後に改悪と拡大解釈を重ねたことで、俳句結社までが取り締まり対象になったり、弾圧による死者までを生み出す「希代の悪法」となりました。絶対に無関係で安全な「一般人」なんて、どこにもいないのだと思います。

(西村リユ)

 

  

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