今週の「マガジン9」

 先日、ポレポレ東中野(東京・中野区)で公開中の映画『無音の叫び声』(原村政樹監督)を観てきました。山形の小さな村で暮らす農民詩人・木村迪夫さん(80)の生涯を描いたドキュメンタリーです。

 「にほんのひのまる なだてあかい かえらぬ おらがむすこの ちであかい」

 詩のことはよく知らない私ですが、強烈なこの一節には聞き覚えがありました。木村迪夫さんの「祖母のうた」の一節で、文字を知らない木村さんの祖母が戦争で息子を亡くした悲しみと怨念を労働歌にして、戦後、蚕仕事をしながら毎日ずっと歌っていたものを書きとめた詩だそうです。

 「おらがむすこ」と歌われる木村さんの父親は、20歳のときから3度も戦地へ送られ、最後は中国で戦病死しています。小さな頃から長男として父親亡きあとの家族を支えていかなくてはならなかった木村さんは、「虫けらのように、言葉を持たずに、表現活動もしないで、土に埋もれて死ぬのはいやだ」と農業をしながら、詩を書き続けてきました。

 映画では、戦争被害家族として貧しさに耐えながら生活してきた様子が綴られます。高度経済成長期や農業基本法、減反政策による暮らしの変化、都市部への出稼ぎ、ごみ収集なども経験し、まるで戦後の歴史が凝縮されたような生涯です。

 また、農民詩人としての木村さんの魅力、農村の変化、そのなかで将来を模索してきた農村青年たちの様子も映し出されていて、戦争や農政に翻弄されながらも、必死に生きてきた姿が伝わってきます。そんな木村さんの詩にも、生き方にも「無音の叫び声」があふれているようです。

 映画を観ながら私は、多くの反対の声を押し切って強行採決した安保法制が施行され、農業(それだけではありませんが)に大きな影響を及ぼすことが明確なTPPの国会での審議が、政府の交渉過程がまったく分からない黒塗り文書が提出されるような、杜撰な形で進められているいまの日本の政治状況を思わずにはいられませんでした。

 国が進める政策のその先には、木村さんのように人生に大きな影響を受ける無数の一人ひとりがいるはずです。こうした「無音の叫び声」に耳を傾けるような政策でなくては、歴史から学ぶ意味がないのではないでしょうか。そして、その叫び声を聞きとった私たちもまた、無音のままでいるのではなく、声をあげていかなくてはならないと思うのです。

(中村未絵)

 

  

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