今週月曜日には生理学・医学賞、そして火曜日には物理学賞と、連日の日本人ノーベル賞の受賞という久々の明るいニュースが続いています。まったくの門外漢で知識も乏しいのですが、それでも新聞の報道などで大村智北里大特別栄誉教授が「世の中の役に立ちたい」との思いで研究を続けてこられて、その結果、アフリカや中南米の風土病の特効薬となる「エバーメクチン」を発見されたこと。それによってこれまで何億人もの人々が失明から救われ、現在も年間4万人の人々が失明を逃れていること。ガーナでは大村博士のことを知らない人はいないというほど、人々に感謝されていること…などを知るにつけ、「すごい日本人がいたものだ」と素直に感動しうれしく思いました。そしてこういうことが日本がこれまで行ってきた「積極的平和主義」の一つではなかろうか、と感じたのです。
平和学における「積極的平和」と、安倍首相や政権を支えている外務省が打ち出している「日本の積極的平和主義」の概念が、著しく異なっている、ということは、既に様々なところで言われていることです。平和学の父と呼ばれるノルウェーのヨハン・ガルトゥングさんが、先日来日された際も、「日本の安倍政権が進める安保法制は、本来の意味での積極的平和主義ではない」と、沖縄で行われた講演会などではっきりと発言されていました。
ガルトゥングさんは、「平和とは、単に戦争がない状態のことではない。それは〈消極的平和〉と言えるかもしれないが、本当の意味での平和、つまり〈積極的平和〉というのは、その社会から〈構造的な暴力〉をなくしていくことである」と捉えているのです。
先日安倍総理は、国連という場で、「シリア難民問題に970億円を拠出する」とスピーチ。しかし、その後の記者会見で「日本も難民を受け入れるべきでは?」と問われた際には「難民受け入れよりは、日本国内の女性や高齢者の活躍できる社会を目指す」と回答しました。難民の受け入れは、まさに「積極的平和主義」の活動にあたるはずなのに、女性と高齢者を引き合いに出してきての「言い訳」です。これに対し緒方貞子元国連難民高等弁務官は「とても耐えられない感じ」と厳しく非難。当然だと思います。
さてノーベル賞の話題にもどると、2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治・科学技術振興機構研究開発戦略センター長は今回の大村さんの受賞に際し、「医学の枠を超えて、ノーベル平和賞にも値する」とテレビカメラの前でおっしゃっており印象的でした。「抗生物質」の発見により、地球上の動物と人類の幸福に寄与したわけですから、まさに「平和賞」にもふさわしいのかもしれません。
中国においても、大村さんとの共同受賞者となった、マラリアの治療薬を発見したトゥー・ユーユー氏の受賞によって、沸きに沸いているとの報道もありました。ただし中国政府においては、人権活動家であり民主化運動を行ったリュウ・シャオボー氏が受賞したノーベル平和賞は認めないという立場だそうです。今や日本政府もどこかそれと似た空気が流れつつあるのではないか、と懸念を抱きます。ともあれ、今年、世界に向けてスウェーデンが発信するメッセージは何か。平和賞が誰に、何に与えられるのか、やはり気になります。
(水島さつき)