以前、知り合いの女性からメールをもらいました。彼女は4年前に長年勤めていた職場を定年退職。その後はNPO法人に所属して小学校の放課後クラブの職員として働いていたものの、同居しているお母さんが転んで足の骨を折ってしまい、車椅子の生活に。彼女は、それを機にお母さんの介護を始められたとのことでした。
これまでのように自分の時間をねん出できないことへのストレスを感じつつも、デイサービスを利用し、兄弟や親せきのサポートも得て、ようやく日々のリズムがつかめてきたそうです。いまでは「自分は子育てをしなかったかわりに母親をケアする機会をもらった」と感じているとのこと。お2人がこれまでとてもいい関係を築いてこられてきたことをうかがわせる文面でした。
彼女は1950年2月生まれ。いわゆる団塊の世代の最後に属します。来年には65才となり、「高齢者」の仲間入りをしますが、そう呼ぶのは失礼。まだまだ元気です。
2013年9月時点の推計によると、日本の総人口1億2726万人のうち、高齢者人口は3186万人と前年を上回り、全人口に占める高齢者の割合は25%を占めるまでになりました。
彼ら、彼女らの多くはサラリーマン世帯で、たとえば、都市郊外のニュータウンなどにマンションや戸建てを購入し、長い通勤時間をかけて職場と自宅を往復する生活を続けてきました。結婚退職で専業主婦となった女性も、近所づきあいはあるものの、生活のリズムは勤め人である夫のそれに合わせたものであり、人生における会社のウエートは大きかったのではないかと想像します。
しかし、職場をリタイヤすれば自分の足場は、いままであまり関心を向けなかった地元になる。そこが人生の中でクローズアップされることで、地域の抱える課題などに取り組む高齢者がこれから増えていくのではないでしょうか。郊外の団地では若い人たちが減って、独居老人の方の孤独死の防止や、ぽつぽつと増えていく空き家をどうするかといった議論がなされています。
団塊の世代には、日本の高度成長期を支えてきたという自負とともに、社会変革の理想に燃えて学生運動に加わった経験を懐かしく思い出す人も少なくありません。
だから、これからは「会社人間」ではなく、「地域人」として、コミュニティづくりに関わっていく。
先週のマガ9では、若い世代が中心となったSASPLの素敵なデモの様子を伝えるリポートやコラムがありました。それとは違った形で、会社のしがらみから自由になった高齢者世代による地域密着型の運動が、世の中をじわじわ変えていく。そんな思いを抱きました。
(芳地隆之)
団塊の世代、期待とはうらはらに地域のコミュニティー破壊してるでしょ。自治会とか、老人会とか、d理不尽な伝統に縛られたくない未組織老人が大量に増えて、青息吐息じゃないですか。