今週の「マガジン9」

 「眼球は頬の上、身体は刺創で覆われ血まみれ、指は糸のように細い皮膚一枚でぶら下がって」いる自分の子供、あるいは甥や姪の死を前にしたとき、人はどんな精神状態に陥るのか。私には恐ろしくて想像できません。パレスチナ人の産婦人科医、イゼルディン・アブエライシュさんは、2009年のイスラエル軍によるガザ侵攻時、娘3人と姪1人の変わり果てた姿を見せつけられました。

 彼は1955年、ガザ地区の難民キャンプ生まれ。パレスチナ自治政府の行政区であるガザはイスラエルとエジプトに挟まれたわずか360㎡の土地。そこでの貧困生活から抜け出すには学問を身につけるしかないと思った少年時代、アブエライシュさんは工事現場の作業などをしながら家計を助け、寝る間を惜しんで勉強しました。その努力が報われ、彼は奨学金を得てエジプトのカイロ大学医学部で学び、卒業後はイスラエル初のパレスチナ人研修医を務めます。現在、トロント大学准教授である彼の生い立ちやガザ地区のパレスチナ人の置かれた状況については、アブエライシュさんの著書『それでも、私は憎まない』(亜紀書房)で詳しく書かれています。

 先週、イスラエル軍は空爆に加えて、地上侵攻に踏み切りました。2009年の軍事侵攻を上回る規模の武力攻撃だといわれています。

 発端は6月中旬から行方不明になっていたイスラエル人少年3人の遺体がパレスチナ自治区で発見されたことでした。イスラエル政府は、これをパレスチナ人による犯行だと断定し、首都エルサレムでは「報復」を訴える反パレスチナ・デモが行われました。そして翌日には何者かがパレスチナ人の少年を誘拐・殺害します。本来、刑事事件として扱われるべき犯罪が、その解決を待たずに、戦争の口実にされたのです。

 7月20日の非公式の国連安全保障理事会に先立って行われた記者会見で、イスラエルのプロソール国連大使は、「国際社会はイスラエルの自衛権を認めているのに、われわれがそれを行使すると非難されるのは納得できない」と述べました。

 しかし、翌日時点の死者の数は、イスラエル側が27人、うち兵士25人、民間人2人であるのに対し、パレスチナ側は570人超。ガザ地区では子供たちを含む多くの非戦闘員が命を奪われています。このあまりの非対称性を前に、「自衛権」という言葉は説得力をもつのでしょうか。

 自衛という名の戦争はときにその目的を逸脱し、敵に対する激しい攻撃にエスカレートする。私たちが忘れてはならないことだと思います。

 娘たちの命を奪われたアブエライシュさんは、長い葛藤の末、イスラエルに対する憎悪を克服し、「わが子が最後の犠牲者であってほしい」との強い願いをもって、医師の仕事をしながら、平和のための地道な運動を続けています。

(芳地隆之)

 

  

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vol.462
自衛のための戦争は、その目的を逸脱し、エスカレートする
」 に1件のコメント

  1. 自衛のための戦争がエスカレートしすぎてるのはイスラエルでしょう。自衛のためには敵の皆殺しもやむなしまで話が進んでしまっている。

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