今週の「マガジン9」

 先月、衛藤晟一首相補佐官が、昨年12月の安倍首相の靖国神社参拝後に失望声明を発表した米国について、「むしろわれわれが失望だ」との批判を動画サイトに投稿したことが報じられました。米国は同盟関係にある日本を大事にしない、米国はちゃんと中国にものが言えない、というのが衛藤補佐官の言い分らしい。TPPの協議にも参加し、集団的自衛権も行使できるよう目指しているのにどうしてだ、ということなのでしょう。
 米国の政策は衛藤氏の考えるような発想で決まることはありません。イラク戦争時を思い出してみましょう。当時、ブッシュ大統領支持を真っ先に表明したのは小泉首相でした。
 日本政府としてはなんとか戦争を回避させたいと思っていたにもかかわらず、米国の開戦支持を打ち出した理由には、(そうすれば)北朝鮮の核兵器開発を巡る6カ国協議で米国が日本を後押し、有利な展開で進められるだろうという思惑があったそうです(当時の福田官房長官の証言)。しかしながら、そうはなりませんでした。
 これは米国が薄情だからということではありません。そういう貸し借りのようなことで同国の政策は動かないのです。「イラク戦争への支持、ありがとう。でも、わが国にとって北朝鮮は中東よりも優先度が低い」。以上。安倍首相の靖国参拝への「失望」は「日本との同盟関係よりも東アジア全体の安定を重視している」というメッセージでしょう。
 そもそも靖国問題は、中国や韓国ではなく、米国との関係に基因します。米国主導の連合軍によって行われた東京裁判でA級戦犯とされた人々が、1978年に同神社に合祀された。それにより「国のために戦争で亡くなった英霊に哀悼の意を捧げる」行為は、戦後の世界秩序への挑戦と受け止められるようになったのです。
 首相在任中に毎年、靖国神社を参拝していた小泉元首相に対して、米国から失望や不快感が示されなかったのは、元首相がA級戦犯を戦争犯罪人と認識していると明言していたからだといわれています。一方、安倍首相は東京裁判の正当性に懐疑的な見方を示している。つまり、安倍首相が靖国問題について対峙すべき相手は、中国や韓国ではなく、米国です。にもかかわらず、それを避けながら、ナショナリズムを煽っていれば、矛盾は膨らんでいき、安倍首相の言動は論理的に破たんするでしょう。
 ちなみに「恩を売っておいて、後で返してもらう」といった外交手法が通じるのは、むしろアジア諸国の方であり、「この場はこちらが引くから、その次はよろしく」みたいなやり取りは、中国や韓国との関係でこそ有効だと思います。

(芳地隆之)

 

  

※コメントは承認制です。
vol.443
安倍政権はアメリカの外交を
理解していない
」 に1件のコメント

  1. ピースメーカー より:

    >ちなみに「恩を売っておいて、後で返してもらう」といった外交手法が通じるのは、
    >むしろアジア諸国の方であり、「この場はこちらが引くから、その次はよろしく」
    >みたいなやり取りは、中国や韓国との関係でこそ有効だと思います。

    アメリカに「恩を売っておいて、後で返してもらう」という外交手法が通じないという芳地さんのご意見が100歩譲って正しいとして、では中国や韓国に対しては「恩を売る」外交が有効だと論理的に立証できるのでしょうか?
    そして中国や韓国に売るべき「恩」とは、一体どのようなもの(まさか、中国の南シナ海侵攻や韓国の北朝鮮侵攻という事態に対して支持を表明するという訳ではないですよね?)なのでしょうか?
    最近の嫌中嫌韓傾向は安倍政権によってナショナリズムが煽られたからだけでなく、近隣諸国に対する国民の不信感、その一つに「戦後、多額のODAや経済協力金、さらに技術供与等を行ったのに、その恩を仇で返している」という認識が、取分け「ネットウヨク」とカテゴライズされている人々の共通認識であることは周知の事実です。
    中韓に「恩を売る」外交が正しいと仰るのならばそれを論理的に立証し、「ネットウヨク」の誤解を解くことこそが、「右傾化」を叩くよりも日本のナショナリズムを鎮静化させる有効な手段の一つだと思いますが如何でしょうか?

←「マガジン9」トップページへ   このページのアタマへ↑

マガジン9

最新10title : 今週の「マガジン9」

Featuring Top 10/195 of 今週の「マガジン9」

マガ9のコンテンツ

カテゴリー