2013年3月2日(土)14:00~17:00
@カタログハウス本社 地下2階セミナーホール
イラク戦争から10年。当時の日本はアメリカを支持し、自衛隊をサマワに派兵しましたが、その検証はいまだ十分に行われていません。昨年の安倍政権発足後、憲法改正や集団的自衛権行使の容認に向けた準備が着々と進められていますが、日本はこのまま「平和国家」の看板を下ろしてしまうのでしょうか。また、日本の右傾化は他国からどう見られているのでしょうか。国内の報道だけではなかなか読み取りにくいこの問題について、イラク派兵差止訴訟の川口創弁護士と、防衛問題に詳しい東京新聞論説委員の半田滋さん、イラク支援を続けるJIM-NET事務局長の佐藤真紀さんの3者にじっくり語っていただきました。
川口創(かわぐち・はじめ) 1972年埼玉県生まれ。2000年司法試験合格。実務修習地の名古屋で、2002年より弁護士としてスタート。 2004年2月にイラク派兵差止訴訟を提訴。同弁護団事務局長として4年間、多くの原告、支援者、学者、弁護士らとともに奮闘。2008年4月17日に、 名古屋高裁において、「航空自衛隊のイラクでの活動は憲法9条1項に違反」との画期的違憲判決を得る。刑事弁護にも取り組み、無罪判決も3件獲得している。2006年1月『季刊刑事弁護』誌上において、第3回刑事弁護最優秀新人賞受賞。現在は「一人一票実現訴訟」にも積極的参加。公式HP、ツイッターでも日々発信中。
著書に『「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」判決文を読む』(大塚英志との共著・角川グループパブリッシング)がある。マガジン9では、<川口創弁護士の「憲法はこう使え!」>を連載中。
半田滋(はんだ・しげる) 1955年栃木県生まれ。東京新聞論説委員兼編集委員。1993年、防衛庁防衛研究所特別課程修了。1992年より防衛庁(省)取材を担当。米国、ロシア、韓国、カンボジア、イラクなど自衛隊の活動にまつわる海外取材の経験も豊富。2007年、東京新聞・中日新聞連載の「新防人考」で第13回平和・協同ジャーナリスト基金賞(大賞)を受賞。著書に『自衛隊VS.北朝鮮』(新潮新書)、『闘えない軍隊~肥大化する自衛隊の苦悶』(講談社+α新書)、『「戦地派遣」 変わる自衛隊』(岩波新書)=2009年度日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞受賞、『ドキュメント 防衛融解 指針なき日本の安全保障』(旬報社)などがある。
佐藤真紀(さとう・まき) 奈良県生まれ。「JIM-NET:日本イラク医療支援ネットワーク」事務局長。早稲田大学理工学部卒業。(株)ブリヂストンで研究員として勤務。青年海外協力隊でイエメンに赴任するも内戦勃発、その後シリア、パレスチナで活動、国連ボランティアなどを経て、JVCパレスチナ事務所代表、2002年からイラクにかかわり、イラク戦争では、緊急救援を指揮。2004年にイラク医療支援ネットワークを立ち上げ現職に。長きにわたる中東での活動には定評がある。学会発表から子ども向け絵本や、ワークショップと幅広い活動を行っている。
第一部は、主に川口さんが聞き手となって、最近の防衛問題について半田さんから解説していただきました。まず話題となったのは、2月22日に行われた安倍首相とオバマ大統領の日米首脳会談です。国内の大手メディアの大半は、今回の会談で強い日米関係が再構築されたかのように報じています。しかし、実際には恒例となっている共同記者会見や、晩さん会がなく、”冷遇”とも取れる対応だったとのこと。また、安倍首相は集団的自衛権の公使の容認を検討し始めることを表明し、それがオバマ政権の強い要請だったかのように報じられていますが、こちらもまた事実と異なるようで、半田さんは「アメリカにとって、日本が集団的自衛権を容認したほうがいいのはたしか。しかし、それほど優先順位は高くない」と指摘しました。
むしろ、「強い日本」を強調し、改憲について前のめりになる安倍首相の姿勢は冷ややかに見られているようです。「問題となっているのは安倍首相の歴史認識。従軍慰安婦問題でアメリカの新聞に意見広告を出す中で自分の名前を出したり、過去の植民地支配について痛切なお詫びと反省を述べた村山談話についても見直したいという方向を打ち出している。過去の戦争を肯定する立場で、憲法を変える、集団的自衛権を公使するということの不気味さについて、アメリカ含め各国が感じている」と半田さんは言います。岸信介元首相から引き継がれる安倍首相の改憲路線は、国際社会のなかで大きくズレていることを感じさせられます。
とはいえ、改憲に向けた足固めはすでに進められており、安倍首相は2月8日に私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」を開催。集団的自衛権の4類型(①公海上の米艦防護、②米国向けの可能性のあるミサイルの迎撃、③PKOなどで他国軍が攻撃されたときの駆け付け警護、④海外での後方支援活動の拡大)を検討し始めています。また、国家安全保障基本法という法律の制定によって、集団的自衛権の公使を可能にしようとする動きもあり、川口さんはこの法案の条文の問題点を一つひとつ解説した上で、「参議院選挙のあとに憲法改正勢力が増えた場合、前哨戦的に可決する可能性があります」と懸念を示しました。(4類型と、国家安全保障基本法の問題点については、マガ9対談参照)
昨年の衆議院選挙で自民党が大勝したように社会全体が右傾化し、改憲論が広がりを見せる要因の1つには、中国や北朝鮮脅威論があります。川口さんが「尖閣を守るには、9条を変えて日本も軍隊を持たなくちゃならないという話がありますが」と意見を求めると、「いい悪いは別として、日本にはすでに世界有数の軍事力を持つ自衛隊がいます」と半田さん。現在、日本の護衛艦は48隻。先日のレーダー照射事件で問題となった中国の「ジャンウェイ」(江衛)Ⅱ型は満載排水量2500トンであるのに対し、日本の「ゆうだち」は5500トンで圧倒的に力量差があることを説明しました。こういった現状認識をすることなく、日々、テレビや新聞を賑わす中国脅威論が何のためなのか、深く考えさせられる議論でした。
第二部は、JIM-NETの佐藤事務局長をゲストに交えた3者のディスカッションです。佐藤さんは、イラク戦争が勃発した2003年の現地の映像を見せてくれました。そこには手足を失ったり、目や唇に大きな腫瘍ができた子どもたち(劣化ウラン弾による被ばくの影響と考えられる)が映っていました。除染も放射線量測定もままならないまま、現地の子どもが理不尽な思いを強いられています。イラク戦争の現実を直視させられる映像でした。
アメリカのイラク攻撃の大義は、”イラクが大量破壊兵器と弾道ミサイルを開発・保有している強い疑いがあるから”等がありましたが、実際には大量破壊兵器は見つかっていません。佐藤さんによると、ブッシュ元大統領は誤りを認め「大量破壊兵器がないと聞いた時は吐き気がした」と言葉にしたそうです。また、アメリカに従属するかたちで参戦したイギリスのブレア元首相は当初、「責任は感じるが謝罪するつもりはない」と言ったもののイギリス国民からバッシングがあり、一年後には「後悔している」と述べたそうです。
一方で小泉元首相は、アメリカを支持したことについて「武力行使なしで大量破壊兵器を廃棄することが不可能な状況では、今回の米国などの行動を支持することは国益にかなう」などと発言しています。また、外務省は2012年12月に「イラクに大量破壊兵器が存在しないことを証明する情報がなかった」とする報告書を出しましたが、A4用紙4ページ分のみで、全文開示については「関係国との信頼関係を損なう」と拒否しています。佐藤さんは「『国益』という言葉で、戦争反対の人も納得してしまうのが日本人かな」と苦笑まじりに語りましたが、国のトップの資質だけでなく、イギリス人のように政府に対して批判をしない日本人のあり方に反省させられます。
半田さんは、記者にイラク戦争の検証を問われた北沢俊美元防衛大臣(民主党)が「やらなきゃいかんね」と言いながら、一度も行動を見せなかったことを指摘しました。「イラク攻撃の支持は自民党政権の失点だから、民主党は検証しやすかったはずなのに……。安倍政権に代わった今、検証はますます難しくなるでしょう」(半田さん)。北沢元防衛大臣については、民主党の近現代史研究会で「2年間、防衛大臣をやって一番心強かったのは憲法9条だった。(中略)戦後、憲法9条が最大のシビリアンコントロールだった」と述べたことが、新聞等で報じられています。9条を守っていくために私たちはどうするべきか。川口さんは「日本はイラク戦争に加害者として加担したのです。政府が検証しないならば、私たちが検証しなくてはなりません。そこから憲法のことを議論していかなければなりません」と語りました。
戦争の問題を語る時は”どれだけ被害を受けたか”に議論が集中しがちですが、日本が他国にどんな被害を”与えたか”から目をそらさないこと。その作業なしに護憲も改憲も語れないことを痛感させられました。
第3部は、参加者同士のグループディスカッションと、質疑応答でした。7~8人の班に分かれてのディスカッションは大いに盛り上がり、時間が過ぎてもなお議論を続ける班もあったほどです。講師・ゲストへの質問では「アルジェリアで起きた日揮の人質事件は何が原因か」とあり、半田さんが「イラク戦争が最大の理由。自衛隊がインド洋で給油活動をしたことは、イスラム国家との戦争に協力したと見られている」と回答。イラク戦争を支持した代償の大きさを感じさせられました。他にも中身の濃い質問が相次ぎ、限られた時間はあっという間に過ぎました。この日、集まってくださった皆さんの真剣さが伝わるマガ9学校となりました。
●アンケートに書いてくださった感想の一部を掲載いたします。(敬称略)
今日初めて知った事実もあり、大変勉強になった。もっとアンテナをはる必要がある。(匿名希望)
広い視点から、9条、平和の問題について考えることができました。イラク戦争の爪痕は、戦争の悲惨さをわかりやすく伝えるもので、集団的自衛権の行使が日本人に何をさせるのか、何をもたらすのかということを考えるきっかけになると思うので、いろいろな人に知ってもらいたいと思います。参加者が、比較的若年の方が多かったことも、今後、9条を考える活動をする上でも、素晴らしい講座であったと思います。(匿名希望)
憲法9条を変えてしまう事で、国家としての方向が大きく変わり、日本国民が危険にさらされる度合いがますます大きくなるのでは、と大変不安に思う。憲法9条を変える事で、誰が一番得をするのだろうか。またイラク戦争のきちんとした検証を、日本政府がしていない事は一体、どういう事なのか。集団的自衛権行使容認の姿勢とあわせて、大変不気味である。(Y.T)
9条改憲動向の現状について、よく理解できました。特にオバマ政権と安倍政権とが食い違っている部分とか、興味深かった。イラク戦争10年を振り返るお話も貴重でした。ワールドピースナウでデモを重ねていた時期の雰囲気も思い出しました。しかしその検証をきちんとされていないという市民運動の弱さも痛感させられました。原発問題でも同じ事がいえるかと思います。(池上仁)
イラクの映像を見ることによって、改めて取り返しのつかない過ちを犯したのだと再認識できた。千差万別でしょうが、自衛隊員の意見を聞いてみたい。(匿名希望)
大変参考になりました。国家安全保障基本法については全く知りませんでした。今日の話から想像すると、これは自ら不安定を呼び込むものでしかないと、思われます。何とか阻止できればと思います。それとイラク戦争もシリアも結局遠因は先進国側にあるのでないかと思いました。(匿名希望)
最近の安倍首相の行動と人気は、私にはさっぱり理解できませんが、かなり危険な世の中になろうとしている気がして参加しました。講師の皆さんの講義内容はわかりやすく、また国家安全保障基本法を知ったことも大きかったです。(吉永幸一郎)
イラク戦争当時から正当性を疑っていました。戦争という手段そのものに正当性があるか、ないかに対しても当然議論の余地があるにもかかわらず、当初の目的が失われた後も、「石油が手に入るというメリットは失われていない。だからあの戦争に参加して良かった」というのはあまりに非人道的だと思います。アメリカがテロの対象になる理由は何かと共に、日本は戦争・紛争にどう関わるか、政府側に情報を求め、私たちが考えていかなければならないと思います。(藤澤幸優)
今の政権がやろうとしていることの危険性が分かった。しかし9条を使って、違憲判決をとるなど、希望を失ってはいけないと感じた。(山角直史)
9条を守りたいという思いだけでなく、守る為に何が出来るかを考える契機になりました。(匿名希望)
軍備増強がアジア全体の不安定化につながるという地政学的な見方は大事だと思いました。佐藤さんのスライドで「日本では反戦運動になってしまうが、イラクでは死にたくないという願い」というのが印象的でした。日本でも自分の命や生活と結びつけて憲法や平和を語り動くことが、一人ひとりに求められていると感じます。(匿名希望)
イラク戦争を過去の検証とし取り扱うだけではなく、現代のリアルな問題と結びつけて考えるべきで、今日の議論の運びでも、そこを意識すべきだったと思う。イラクの人々の状況や視点を加えたことは良かったと思うが、今いちこなれていなかった。しかし日本のマスコミでは、扱われていない情報、語られない視点に触れることができて、良い機会だった。(匿名希望)
高校の教員をしている者ですが、高校生たちにとっては、イラク戦争は、同時代に起きた戦争だったはずで、しかもその戦争に日本政府も前のめりで関わっていたわけですが、ほとんどイラク戦争が意識されていないことが、気になっていました。しかし今日の講座で若者たちの認識を切り開いていく糸口、ヒントを得たような気がします。(匿名希望)