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2011-04-27up

柴田鉄治のメディア時評

第29回

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

原発事故報道への苛立ち、メディア不信を増幅?

 東日本大震災から1ヵ月半がすぎた。テレビも新聞も災害報道一色だった「異常状態」からやや落ち着きを取り戻し、日常が戻りつつある。しかし、民放のコマーシャルや新聞広告の激減、新聞部数の落ち込みなどメディアの危機はいっそう深刻さを増しているようだ。

 いや、そんな「経営危機」はともかく、読者・視聴者のマスメディアへの信頼感は増したのか減ったのか。前回も記したように、東日本大災害によってメディアはその存在感を急速に増したことは間違いない。ネット時代を迎え、「メディアなんてもういらない」といっていた人たちまでメディアにかじりつき、「やはりメディアだ」となったのだ。

 だからといって、存在感が即、信頼感になったかというとそうではない。私のみるところ、地震・津波の震災報道で高まった信頼感を、原発事故報道によって失った、差し引きマイナスのほうが大きいように思えてならないのだ。

 原発報道に対する読者・視聴者の苛立ちは、本来、メディアの責任ではないものなのである。何が起こったのかよく分からない原発という複雑な技術、放射能という目に見えない恐怖、先行きへの不安、そのうえに、これまで事故隠しやトラブル隠しを繰り返してきた原発関係者への不信感、さらにそのうえに、前回も記した誰が事故処理の指揮を執っているのか「司令塔」の姿が見えない苛立ちがある。

 これらはすべてメディアのせいではないといっても、メディアを通じて伝わってくる苛立ちだから、メディアへの不満となってしまうのだ。また事実、事故処理に当たる司令塔が見えないことなどは「メディアが政府に迫ればいいのに、なぜ迫らないのか」という苛立ちにもなっているのだろう。

 事故発生から1ヶ月経ったところで、メディアは一斉に振り返って何があったのか検証作業を始めた。事故はいまなお現在進行形で、検証といっても途中経過のような形ではあるが、それでもいろいろな事実が浮かび上がってきている。

 たとえば、日経新聞の検証記事によると、6時間後に東北電力から2台の電源車が到着したのにケーブルがなくて使えなかったとか、格納容器の圧力が異常に上昇したため弁を開く「ベント」の指示が出されたのに実行されたのは9時間後だったとか、初動の対応に多くの問題があったことが報じられている。

 また、初日から首相官邸と東電幹部との間に深い溝ができたことや、米国からの支援の申し出を「自分たちでやるから」と断ったことなども再確認している。このあたりのことは、いずれ各社ともしっかりと検証しなおしてほしいところだ。

 とくに、事故処理の指揮を執る司令塔の姿がいまだに見えないことについて、菅首相が「自分がやれる」と錯覚したのか、あるいは、全権を与えて任せられる専門家が見つからなかったのか、ぜひ検証してもらいたい。

 ところで、この事故によって各紙の原発に対する論調に変化はみられるのか。まず、毎日新聞が4月15日から3日間連続の一本社説を掲げ、「政策の大転換を図れ」と脱原発の方向に踏み出した。といっても「既存の原発を一度に廃止することは現実的でない」「最終的には国民の判断ではある」などと留保条件つきの主張ではあるが、従来の論調を転換したことは間違いない。

 毎日につづいて朝日新聞も4月20日の社説で「原発をどうするか、脱・依存へかじを切れ」と主張した。「自然エネルギーの拡大を柱に据え、効率のいい分散型のエネルギー供給体制をつくる」と言い切っている。ただし「すべての原発をすぐに止めてしまう事態に、日本経済が耐えられないことも事実だ」とこちらも腰が引けているが、日本の事故で「脱原発」の方向に政策転換したドイツを取り上げ「ドイツの挑戦を参考にしたい」と脱原発の方向だけは明確に出しているといえよう。

 もちろん読売新聞や日経新聞のように従来と変わらない論調のところもあり、読売の社説では朝日とは逆に、世界の中の原発推進国、米、仏、露、中、ブラジル、インド、南アなどを取り上げ、それらの国は方針を変えていないと原発の必要性を論じている。

 新聞論調はともかく、原発をどうするか、これから日本中で大論争が巻き起こるに違いない。そこで、注目されるのは国民の動向だ。すでにメディア各社の世論調査がおこなわれているが、その結果は意外というか、それとも世論調査の特徴というか、現状維持の傾向が強くにじみ出ている。

 たとえば読売新聞4月4日朝刊に報じられた調査結果によると、「今後、日本の原発をどうすべきか」との問いに「増やすべきだ」10%「現状を維持すべきだ」46%「減らすべきべきだ」29%「すべてなくすべきだ」12%となっている。

 朝日新聞4月18日朝刊掲載の調査結果でも、「原発は今後、どうしたらよいと思うか」との問いに「増やすほうがよい」5%、「現状程度にとどめる」51%、「減らすほうがよい」30%、「やめるべきだ」11%とほぼ同じ数字が並んでいる。

 世論調査に現状肯定の傾向が強く出ることは、かねてから言われていることで、これもその一つとみられないこともないが、それにしても、である。「停電への恐怖」からであろうか。

 さらに驚くのは、同じ朝日新聞の世論調査で、「原発を利用することに賛成か、反対か」と聞いた質問に、賛成50%、反対32%という結果が出ていることだ。この数字に驚くのは、これまでの国民世論の経年変化を考えるからである。

 日本の原子力開発が始まってから約15年間、50~60年代には反対意見はほとんどなかった。70年代に入って反対意見が出てきたが、それでも石油危機などがあって賛成派のほうが多かった。それが80年代にソ連のチェルノブイリ事故で賛否が逆転。90年代には反対派のほうが圧倒的に多くなり、その後、しだいに賛否伯仲となってきていたのである。

 その状態から今度の大事故があって、なお賛成意見のほうが格段に多いとはどういうことか。電力の3割が原発によると知って、「いますぐ原発をやめるわけにはいかない」と考え、それなら「原発を利用することに反対もできない」となったのだろうか。

 この数字がおかしいと思う理由は、もう一つある。同じ朝日新聞の4月21日朝刊に「『原発賛成』世界で49%に減る」という記事が載り、「世論調査機関が世界47カ国・地域で3万4千人以上を対象に調べた結果、原発賛成が震災前の57%から49%に減る一方で、原発反対は32%から43%に増えた。日本では原発反対が28%から47%に増え、原発賛成は62%から39%に激減している」というのである。

 世論調査は実施主体や設問の違いで結果が違ってくることはよくあることだが、上記の数字は各国の世論調査機関が加盟する「WINギャラップ・インターナショナル」(本部=スイス・チューリヒ)が発表したものだというから、そんなにいい加減なものではあるまい。

 だとしたら、この違いは何なのか。それでなくとも、原発事故で飛び交っているさまざまな数字の、どれを信じたらいいのか、戸惑いつづけている私たち読者・視聴者は、思わず「メディアよ、しっかりしてくれよ」と叫びたくなる毎日である。

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「いったい、何を信じたらいいのか」。
震災と原発事故以来、
不安な思いが幾度となく頭をよぎります。

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柴田鉄治さんプロフィール

しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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