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2010-09-29up

柴田鉄治のメディア時評

第22回

その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、
ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

民主党代表選はおかしかったが、検察・改ざん事件はお見事だった朝日新聞

 9月は民主党の代表選挙に始まって、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件など、論評すべき事件がめじろおしで、何から始めたらよいか迷うが、やはり民主党代表選から見ていこう。代表選が終わってまだ2週間しか経っていないのに、もう昔のことのように感じるのだから不思議なものだ。

 菅首相と小沢一郎氏の一騎打ちとなった代表選の結果について、ほとんどのメディアは「菅氏、大差で再選」と報じた。だが、本当に圧勝だったのだろうか。確かに、「721ポイント対491ポイント」という数字だけみれば大差ともいえるが、実際の票数では、国会議員票はほぼ互角、地方議員票も党員サポーター票も6対4という接戦だったのである。

 この結果を報じた翌朝の各新聞を見て、TBSラジオのコメンテーターが「記事の行間に、新聞社のホッとした気持ちがにじんでいましたね」と皮肉っていたが、そう言われてもしかたがないほど、今回の代表選での各メディアの「菅氏への異常な肩入れぶり」は目立っていたといえよう。

 もっとも、今回の代表選を取り巻く状況を客観的にみれば、メディアが菅氏に肩入れする理由は分からないではない。「僅か3ヶ月でまた首相を代えていいのか」というのも正論だし、「3ヶ月前に責任を取って幹事長をやめた人間が、すぐ代表に返り咲いていいのか」という論理も分かりやすい。

 いずれも「その通り」だとは思うが、それにしても、選挙なのだからメディアの姿勢はもう少し、公平、冷静であってもよかったのではないか。私の目から見ても、メディアの姿勢はいささか常軌を逸していたような気がする。あそこまでやっては、「小沢嫌い」が高じた感情的な報道だったといわれても仕方がないだろう。

 なかでも、朝日新聞の激しさが目立った。小沢氏が立候補したときの「あいた口がふさがらない」という社説に始まって、9月8日の「民主党議員へ 派閥の論理と縁を切ろう」という社説で、小沢氏支持は派閥の論理だと決めつけ、さらに選挙当日の9月14日の社説「再び民主議員へ 新しい政治を突きつめて」で、小沢氏は古い政治の体現者ではないのか、と追い討ちをかけた。

 その間に、菅氏と小沢氏ではどちらが首相にふさわしいかという世論調査をして、菅氏65%、小沢氏17%という結果を大々的に報じたうえ、天声人語まで「民意という川は、菅さんを浮かべ、小沢さんを沈めたがっていると見ていいだろう。民主的なコントロールとは、素人である大衆の方が、結局は、しがらみに巻かれた玄人より賢い結論を出す、という考え方で成り立っている」と書いているのだ。

 もちろん、こうした小沢叩きともいうべき報道は、朝日に限らず、「大義欠く小沢氏の出馬」(毎日)「国の指導者に不適格だ」(産経)など、ほとんどのメディアに共通するものだったが、「日本のリーディング・ペーパー」と自称する朝日新聞にだけに、いささか首を傾げざるを得ない異常な突出ぶりだった。

 とくに、小沢氏の「政治とカネ」の問題については、ことさらダーティーなイメージを強調する朝日新聞の報道に対して、『週刊朝日』のほうは「検察の捜査には意図的なものがある」と、まったく正反対の論調を展開していたのも不思議な光景だった。

 それはともかく、こうした主要メディアの一致した小沢叩きによって、菅氏が勝利したわけだが、代表選をめぐる報道でもう一つ指摘しておきたいのは、世論調査のことである。

 日本は民主主義の国だから世論を尊重すべきことは当然のことであり、世論の動向をつかむ最も簡単な方法に世論調査があるのだ。無作為抽出で選んだサンプルの動向を調べて、全体の姿を推計する方法である。

 今回の代表選に限らず、メディアは最近の政治報道に世論調査をやたらと乱用しているように思わないだろうか。とくに、世論調査の方法がRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)方式という電話調査に変わってから、費用も手間も少なくて簡単にできるため、そうなってきた。

 世論調査にはもともと誤差もあれば、設問のしかたをちょっと工夫することで結果を変えることも可能なのだ。世論調査についてはいずれ詳しく論ずることにして、今回は「国民は世論調査の結果に振り回されるな」とだけ指摘しておくことにする。

 ところで、朝日新聞の代表選報道はおかしかったが、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件のスクープは見事だった。郵便不正事件をめぐって厚生労働省の村木局長が逮捕された事件は、一審の公判中から捜査のおかしさが指摘され、予想通り無罪の判決が出たが、まさか主任検事が証拠品のフロッピー・ディスクの改ざんまでしているとは驚いた。

 まさに前代未聞、検察の権威も信頼感も地に落ちる事件だが、朝日新聞の報道があったその日のうちに最高検察庁が主任検事を証拠隠滅で逮捕するという、すばやい対応にも驚かされた。

 久しぶりの新聞のスクープらしいスクープで、このところメディアへの信頼感が地に落ちていただけに、これで少しは信頼感と期待感が戻ってくるのではないか、と明るい気持ちになった。

 これからの焦点は、組織ぐるみであったのかどうかという点だが、この事件で私が最も関心を持っているところは「組織と個人」の関係である。検察庁の中で、主任検事が「FDをいじった」と語ったのを聞いた同僚検事が「表に出すべきだ」と主張したと伝えられているが、内部にそういう人がいたということは組織にとって貴重である。

 NHKの幹部が政治家に言われて番組を改変させ、それを内部告発した人を退職に追い込んでしまった事件があったが、メディアにとっても「組織と個人」はいま最も重要な課題になっている。

 朝日新聞のスクープの経緯と検察庁のこれからの対応を重大な関心を持って注目していきたい。 もう一つ、尖閣諸島をめぐる日中の衝突事件については、もう少し推移を見極めてから、詳しく論じることにしたい。

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民主党代表選をめぐる報道については、
どん・わんたろうコラムでも取り上げていましたが、
なんとも釈然としないものが残りました。
尖閣諸島の問題をはじめ、大きなニュースが続きますが、
メディアがどう伝えるか、を見据えるとともに、
それに流されすぎずに「考える」姿勢も持ちたいものです。

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柴田鉄治さんプロフィール

しばた・てつじ1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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