是枝監督は本当に1962年生まれなのか?
樹木希林演じる横山とし子が、次男の良多一家の里帰りに合わせて料理を作る冒頭のシーン。ニンジンやサトイモの皮を剥いて煮物を、枝豆を茹で、ミョウガを刻んで混ぜご飯をつくる。その手つきや包丁の動き、鍋に注がれる水などの極め細やかな描写が、とても40代の感性によるものとは思えなかったのである。
平和な台所の一コマだ。しかし、とし子は料理の手を休めずに、
「離婚したのならいいけれど、死に別れでしょう。そういうのは気持ちが相手に残るのよ」など、ドキリとするようなことを言う。
息子の良多は夫を亡くした年上の女性と結婚した。現在は彼女の連れ子とともに東京で生活しており、この年の夏、妻と子供を両親に紹介するために帰省するらしい。
淡々と流れる時間のなかで、わけありの登場人物たちの本音がちらちらと漏れ出てくる。怒鳴る、泣くなど、誰ひとり感情を荒げるわけではない。けれども、小さな悲しみや憎しみ、意地悪な心、あるいは打算など、人と人との間には、常にさざなみが立っている。
良多の父、横山恭平は元開業医だ。自分の仕事に誇りをもち、それを長男が継ぐのをうれしく思っていた。しかし、長男は海で溺れている少年を助けた際、自らの命を落としてしまう。いまも兄のことを片時も忘れない両親を見て、自らもかつては医者を目指し、挫折した良多の思いは複雑に揺れる。
ちなみにタイトルは、いしだあゆみの名曲『ブルー・ライト・ヨコハマ』のフレーズからとっている。これにはとし子の執念深さを感じさせるエピソードが絡み、彼女のさりげない表情とのギャップに背筋がぞくッとする。
家族のなかで置かれるポジションは人それぞれだ。ところが、どんな立場の人が見ても、身につまされるようなシーンがこの映画にはある。
私は、是枝監督は本当に1960年代生まれなのかと思った。でも、この作品で彼は現代の小津安二郎映画を目指したのではないかと考えたら、合点がいった。
(芳地隆之)
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