1942年、ナチスドイツ軍占領下のパリでは夜11時以降の外出が禁じられていた。演劇や音楽を愛するパリ市民は、上演後にバーやカフェでその日の演目についてお喋りする間も与えられず、終電車が発つメトロのホームに急がなければならない。
劇場には占領軍の支配下にあるフランス当局の検閲の目も光っていた。ナチスのお先棒担ぎのフランス人演劇評論家は、気に食わない芝居を見ると、「ユダヤ的な不純」などと言って演劇人を攻撃する。
反ユダヤ主義者の目の仇にされていた劇場のひとつがモンマルトル劇場だった。そこの支配人かつ演出家のルカ・シュタイナーはユダヤ人。彼はドイツ軍およびドイツに協力するフランス当局によるユダヤ人摘発の直前にパリを脱出した。その後は妻のマリオン・シュタイナーが劇場の支配人、女優、そして経理責任者として切り盛りしている。
フランス人にとってナチスドイツの占領は負の歴史だ。当時、フランスに住んでいたユダヤ人の多くは、フランス人の密告によって強制収容所送りにされたのである。
映画は暗い時代を背負いながらも、そこはトリュフォー監督。物語のなかに様々な仕掛けをして、観る者を飽きさせない。
ルカは国外に逃亡したのではなく、劇場の地下室に隠れていた。マリオンは誰にも見つからないように食事を運び、国外亡命が難しくなった夫を励まし、ルカは地下から舞台の声を聞きながら、マリオンに演出の指示を出す。
舞台では次回の演目「消えた女」の稽古中だ。この作品のためにスカウトされた俳優のベルナールがマリオンの相手役。ナチスへの嫌悪を隠さない彼は、フランス当局との摩擦を避け、劇場の存続に腐心するマリオンとぶつかってしまうのだが、2人はお互いに惹かれあい、物語の重点はナチスドイツの占領下という現代史からサスペンス調へ、さらには三角関係の恋愛ドラマへと移っていく。
舞台、観客席、舞台裏、地下室と限られた空間のなか、登場人物たちを巧みに出し入れするトリュフォーの手腕は見事というしかない。ヒッチコック映画のような、ちょっとしたどんでん返しのラスト(『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』を読むと、トリュフォーがいかにヒッチコックを敬愛していたかがわかる)にいたっては、マリオン役のカトリーヌ・ドヌーブのしたたかさを知り、私たちは「してやられた」と思うのである。
(芳地隆之)
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