来年のNHK大河ドラマが「龍馬伝」だからか、最近、書店では坂本竜馬を特集した雑誌が目に付く。これまで竜馬の人生を描いたドラマは数知れず、多くの俳優がこの人物を演じてきた。私にとって、最も印象深いのはこの映画の原田芳雄版竜馬である。
竜馬が刺客に殺されるまでのわずか3日間(慶応3年11月13日〔1867年12月8日〕から15日〔10日〕まで)を追う物語。彼の命を狙っていたのは新撰組だけではない。倒幕側の薩摩藩、そして自身の土佐藩の志士らも竜馬を斬る機会をうかがっていた。物語には常に死が付きまとい、モノクロ画面の陰影が悲劇の最後を予感させる。しかし、随所に散りばめられたユーモアが、全編にわたって不思議な空気を漂わせるのである。
竜馬と彼の幼馴染である中岡慎太郎の危うい関係のためだ。
慎太郎は、大政奉還による緩やかな権力の移譲を考える竜馬の手法を歯がゆく思っていた。すべてをぶっ潰して、新政権をつくるべし。土佐藩は新政権の中心を担う薩長と行動を共にするつもりであるから、なおさら竜馬の存在は疎ましい。そこで慎太郎が(幼馴染だから竜馬も油断するだろうと)刺客として近づく。ところが竜馬の考えに徐々にひかれていくのである。
京都河原町の近江屋で竜馬と慎太郎が何者かに暗殺される直前、実際に2人がどんな会話を交わしたかはわからない。ただ、この映画で描かれた監督や脚本家の想像のとおりだったとしたら、そして竜馬と慎太郎がその後も生き続けていたとしたら、日本は違う姿を見せていたに違いない。
遊女の幡(中川梨絵)、彼女の弟“辻斬り”右太(松田優作)、かつての竜馬の恋人で、いまは慎太郎を慕う妙(桃井かおり)ら、個性的な俳優陣が竜馬と慎太郎の脇を固める。しばしば笑ってしまうのは、彼(女)らのアクの強さと、ずっこけぶりが見事に溶け合う演出の妙ゆえである。
なかでも中岡慎太郎を演じる石橋蓮司が出色だ。刺客から逃れるべく、女装して、「ええじゃないか」(民衆の仮装騒動)の群集に紛れた竜馬と右太に羽織袴を脱がされ、顔に白粉と口紅を塗られた着物姿には抱腹絶倒し、その格好のまま、竜馬と天下国家について議論するところでは逆に唸らされる。この映画で一番素敵な場面だ。
私は黒木和雄監督の映画はどれも好きで、当コラムではかつて「美しい夏キリシマ」を紹介したことがある。ただ、数ある名作のうち、どの1本を選ぶかと問われれば、迷わず「竜馬暗殺」を挙げるだろう。
(芳地隆之)
ご意見募集