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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.125

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南アジア 世界暴力の発信源

宮田 律/光文社新書

 中国や朝鮮半島、あるいはASEAN諸国に比べると、インド、パキスタン、アフガニスタンといった南アジアの国々は私たちにとって遠い存在である。本書はその距離を縮めてくれるのだが、同時に、南アジア地域がいかに大国のパワーゲームに翻弄されてきたのかを教えてくれる。

 1979年、ソ連は、後押ししていたアフガニスタン人民民主党(共産党)政権が国内のイスラム抵抗運動によって脅かされているとして、アフガニスタンに軍隊を派遣した。

 これはソ連による軍事介入である。ところが、ベルリンの壁が崩壊する1年前、東ベルリンの大学で知り合ったアフガニスタン留学生たちは、それを「社会主義を守るための正当な行為」と言ってはばからなかった。彼らはソ連軍・共産党政権と戦うムジャヒディン(イスラム聖戦士)を「反動的ゲリラ」と決めつけた。ソ連留学生さえ惑わせるほどの親ソぶりは、アフガニスタンから東ドイツへ留学できる者が人民民主党の政府高官の子弟に限られていたためであった。

 しかし、1989年2月にソ連軍はアフガニスタンから完全撤退する。翌年にはナジブラ政権が人民民主党の一党独裁を放棄し、党名を祖国党に変更。するとアフガニスタン留学生は社会主義の賛美をやめ、それまで嗜んでいたアルコール飲料や豚肉を口にしなくなった。そして「自分はムスリムだ」と胸を張る。その屈託のない「転向」に私は面食らいつつも、世界情勢の変化が彼らのなかのイスラムを覚醒させたのだと思った。

 ムジャヒディンに武器を供与し、対ソ・ゲリラ戦を支援しながら、イランのイスラム原理主義に対しては封じ込めを唱える。こうしたアメリカのダブルスタンダードは9・11を招くことになるのだが、パキスタンではブッシュ政権の対テロ戦争が始まる前年の2000年に発生したテロ事件はわずか14件だったのに対し、2008年は600件を超えた。対アフガニスタン軍事活動の重要な拠点であるパキスタンでは、同国政府がアメリカの支援を受ければ受けるほど、国内の反米イスラム過激派が増え、アフガニスタンに流入していくという悪循環が起きている。NATO加盟国を中心としたISAF(国際治安支援部隊)の対アフガニスタン・テロ戦争が長引けば、長引くほど、ISAFがかつてのソ連軍と同じ運命をたどる可能性は高い。

 そこで注目されるのが日本による民生分野での支援である。テロ掃討作戦に頓挫した欧米の軍隊がすべてを投げ出して、アフガンが再び「忘れられた国」にされないよう、日本ができることは少なくない。

 この地域への関心が薄い人も、第1~4章まで読むと、南アジアの置かれた歴史と現状を把握できるだろう。そうすると第5章(日本が果たすべき役割は何か)が胸に落ちる。

(芳地隆之)

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