第一次産業をテーマにした小説でも、農業や漁業に従事する人々の物語は比較的身近だが、林業はちょっと遠かった。山の木を切り倒して丸太にし、伐採の後には植林をする。山を健康に保っておくために間伐も行なう――私の知識はこの程度である。
本書を読んだおかげで、林業のイロハと山で暮らし、稼ぐ人々の生活の一端を知ることができた。伐採する木の選び方、枝の打ち方、チェーンソーの使い方、そして生活風習など、目からウロコの連続は、著者の丁寧な取材の賜物である。
著者は自身の故郷である三重県に、林業で生きる架空の山間地、神去(かむさり)村をつくって、そこに横浜生まれの18才を送り込んだ。「高校卒業後はとりあえずフリーターでもして生活していこう」と思っていた平野勇気が遭遇する未知の世界の数々。読者も山という「職場」を前に、平野君とともに驚き、ビビり、ときに快感を覚えるのである。
圧巻は48年に1回行なわれるという神去の大祭だ。森の物語といえば、中上健次の描く紀州の熊野や、大江健三郎が書く四国の山奥といった神話的な世界を連想するかもしれない。しかし、本書はもっと俗っぽく、ジェットコースター並みのスピード感で、読者に息つく暇を与えない。冷や汗と大笑いを交互に繰り返しながら、祭りに参加させられることになる。
自然は神様からの借り物。農作物、魚介類、丸太など、すべてはその土地や海、山から頂戴する恵みである。だから山に暮らす人々は、山の神様への感謝を片時も忘れない。神去の人々は、豪快なタイプから物静かな性格まで様々だけれども、みんな自然に対しては謙虚である。第二次産業(製造・加工業)、第三次産業(サービス業)と労働が農林水産業から遠ざかっていくにつれ、労働は近視眼的になってしまう。そんな気がした。
タイトルの「なあなあ」は神去弁からとっている。そのまったりした言葉が耳に馴染んでくるころには、あなたも村の一員である。
本書を閉じた後、おもむろに私は腕立て伏せと腹筋運動をやった。この林業小説、読者の頭や心よりも、筋肉の方を刺激するらしい。
(芳地隆之)
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