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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.120

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シリアの花嫁

2004年/エラン・リクリス監督

 イスラエルとシリアの国境に位置するゴラン高原はそもそもシリアの領土であるが、1967年の第三次中東戦争(イスラエルによる6日間の電撃作戦から「6日間戦争」とも呼ばれる)時にイスラエルに占領された。現在は同地に軍事境界線が設けられ、国連の平和維持部隊が駐留している。

 ゴラン高原のイスラエル占領地域には、イスラエルへの帰属を拒み、パスポートには「無国籍」と記されているイスラム教徒が住んでいる。そうした無国籍一家の次女、モナが、シリアの首都、ダマスカスでコメディ俳優として活躍するシリア人男性のもとへ嫁ぐことになった。

 イスラエルとシリアは6日間戦争以降、国交を断絶している。ゆえにイスラエル占領地域に住む「無国籍」者がいったんシリア側に入れば、シリア国籍を取得することになるので、イスラエル側は帰還を認めない。モナが結婚してダマスカスに住むことは、二度と親兄弟に会えなくなることを意味していた。

 結婚式の1日が、領土を巡る対立に翻弄された人々の日常を浮き彫りにする。

 当日は、死んだ父の後を継いだシリアのアサド大統領の就任演説が行なわれる日でもあった。占領地ではアサド支持デモが予定され、イスラエル側はぴりぴりしている。モナの父親は親シリアの立場からゴラン高原のシリアへの返還を主張し、イスラエルの警察に逮捕された経験がある。結婚式の日でも監視の対象だ。そうした政治状況に加え、モナの姉夫婦、一家の父と長男の不和といった家族の問題も絡みあう。本来はおめでたい席のはずなのに、人々の表情には悲しみの色が濃くなっていく。

 それに追い討ちをかけるのがイスラエル・シリア双方の国境警備官の官僚主義的な対応だ。ゴラン高原が自国の領土であることを出張して譲らぬ両国によって、新婦とその家族は国境の緩衝地帯に留め置かれてしまうのである。事態を打開しようと国境を何度も往復する国際赤十字のフランス人女性も最後にはギブアップ。誰もが結婚式をあきらめかけた。

 そのとき、花嫁は一人、国境を渡っていく。

 国境に留まる姉に振り向いたモナの顔。その下に隠された感情は、どんな言葉をもってしても表しきれない。

 乾いた大地に設置された鉄条網、柵、壁。それら人為的につくられた境界線を越える純白のウェディングドレス――。

 映画史に残るラストシーンである。

(芳地隆之)

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