先日、ある地方の伝統的な地場産業を支える中小企業の経営者とともに海外へ出かける機会があった。新たな市場を開拓するためである。その行きの飛行機のなかで、600ページ以上ある本書を一気に読んでしまった。
京都と兵庫にまたがる丹波地方の小さな町に生まれた2人の男――森沢康平と柳本治夫――の半生を中心に描いた物語である。康平は母親と2人きりの貧しい暮らし。治夫は造り酒屋を営む名家の長男。10才のとき母親を亡くした康平は柳本家に引き取られるのだが、それ以来、治夫と康平の関係は主従のそれとして続いていく。
高校を出た康平は愛知県尾西市の染色化学会社、ヤイダ染工に、大学に進んだ治夫は卒業後、都銀の中部日本銀行に就職した。その後、バブルの狂奔する時代になると、治夫は自分の業績を上げるため、ヤイダ染工の社長に法外な融資と株式投資を勧め、莫大な借金を負わせる。そればかりか、さらなる貸し込みのため、ヤイダ染工の定期預金証書の偽造にまで手を染めるのである。
バブルがはじけてみれば、今度は冷酷な貸し剥がしだ。ヤイダ染工の社長の養子となり、経営を引き継いだ康平が、コツコツと借金を返済しているにもかかわらず、中部日本銀行は即刻、全額返済を迫り、あげくは新興コンサルタンティング会社に売り飛ばそうとする。
それでも物語は企業の再生という希望に向かって幕を閉じる。ご都合主義的なストーリー展開や、ステレオタイプな人物造形には、ときおり苦言を呈したくなったが、それでもページを繰り続けたのは、戦後日本経済の歴史をわしづかみにするかのような著者の強い意志に引っ張られたとしかいいようがない。
バンカー出身である著者の、企業の成長を後押しする役割を忘れた大手金融機関のエゴに対する怒り、地域とともに生き、日本経済を底辺で支えてきた無数の中小企業への敬意に貫かれている本書は、上質な大河ドラマを見るようでもある。働くことの意味を噛みしめたくなる小説だ。
なお、冒頭の中小企業は世界トップレベルの技術を誇るメーカーだが、経営者は皆、謙虚な方々であった。
(芳地隆之)
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