取扱注意の書とあらかじめ言っておきたい。注意深く読まないと、足元をすくわれる危険がある。
本書は1933年に政権を獲得したナチスドイツが、どん底の国内経済をいかに回復させたかを論じている。1929年10月、ニューヨーク証券取引所での株価大暴落に端を発した世界大恐慌は、第一次世界大戦で敗北し、莫大な賠償金の支払を迫られていたドイツに追い討ちをかけた。ドイツの失業者は1932年には560万人に達し、労働者の3人に1人が職を失った。
それを解決したのは、ナチスドイツによる大規模な財政出動だった。目玉はアウトバーンと呼ばれる高速道路の建設。ナチスの公共事業に大きな効果があったのは、支出の多く(建設費の46%)が労働者の賃金に回されたからである。労働者は低所得者層なので、賃金のほとんどは消費に回され、その結果、景気が上向いていった。また、ナチスは一家を支える中高年への雇用を優先し、中小企業への金融制度を充実させるなど、国民に安心感を与える政策によって国民の支持を固めたのである。
そのドイツ経済がおかしくなったのは、元ドイツ帝国銀行総裁だったヒャルマール・シャハト経済大臣のポストに、ナチスの幹部、ヘルマン・ゲーリングが就いてからだ。ゲーリングは、前任者が公共事業と同時に、錬金術ともいえるようなインフレ抑制策を展開し、厳しい財政規律を保ったのに対して、領土拡張のための軍事支出を増大させた。
それがドイツを破滅に導いたのであるが、それ以前のナチスによる経済政策は、いまの日本にも参考になるという著者の意見にはうなずけるし、欧州戦線に加わることに消極的だった米国が参戦したのは、1940年半ば、ドイツが占領地域をマルク通貨圏とし、欧州経済新秩序を構想したからだとの指摘も鋭いと思う。ドイツは、マルク圏内において資本、労働力、商品の往来を自由にし、さらには金本位制を離れた、現在のユーロ圏のようなエリアをつくろうとした。当時、世界の金の7割をもっていたアメリカにとって容認しがたい動きだったのである。
とすれば、第二次世界大戦の背景にはアングロサクソン型の資本主義(株主重視型)対大陸型資本主義(コンセンサス社会を基盤)の対立があったとの解釈も可能かもしれない。しかし、そう読み進んでしまうと、自由な経済生活に制限を加えないのだから、すべて自己責任でやれという新自由主義と、財政出動して国民の面倒をみてやるから自由の制限は我慢しろというファシズムのどちらがいいかといった狭隘な議論になってしまう。
ナチスだっていいことをやったんだと単純化すれば、本書がトンデモ本の類になる。ヒトラーの経済政策を歴史のなかに位置づけながら読むことで、それは知的刺激に満ちたものになるだろう。
(芳地隆之)
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