機動戦士ガンダムのキャラクターデザインで知られる安彦良和の長編漫画である。舞台は1930年代後半の満洲国。主人公は、新京(現長春)の建国大学(満洲国務院直属の総合大学)に特別研修生として入学したウムボルト。日本人の父とモンゴル人の母をもつ青年だ。
彼の父、深見圭介は特務機関工作員としてロシアの革命家、トロツキーとの接触を図っていた。政敵スターリンに命を狙われていたトロツキーが中国とカザフスタンの国境にいるとの情報を得た深見は、中国新疆省の伊寧に向かう。しかし、そこで彼は妻とともに何者かに殺されてしまう。当時少年だったウムボルトは一命をとりとめたものの、断片的な記憶しか残っていない。
深見ははたしてトロツキーと会ったのか。それを確かめるべくウムボルトの前に現れたのは、満洲国を実質的に支配する関東軍の高級参謀、石原莞爾だった。石原はソ連を追放された類稀な革命家を建国大学の講師として招聘しようしていた。そうすればトロツキーの下でスターリンが統治するソ連邦の批判的研究が行える。さらには彼を擁して極東・沿海地方に臨時独立政府を樹立することができる。石原はトロツキーを利用して、ソ連を分断する作戦を目論んでいたのである。
大連特務機関の安江仙弘大佐は、石原の構想を阻止しようとした一人だ。強烈なアジテーションで人民を煽動し、革命後の内戦時には軍事人民委員を務めたトロツキーを満洲国に受け入れるなど、危険極まりないと安江は考えていた。
その一方、彼は欧州で迫害されているユダヤ人を満洲に入植させる計画を練っていた。満州事変によって誕生した満洲国への国際社会の風当たりは厳しい。安江は、満洲国が流浪の民であるユダヤ人を受け入れることで、その評価を反転させようとしたのである。
突拍子もないフィクションに聞こえるかもしれない。これらエピソードは史実に基づいている。ウムボルトは作者の生んだキャラクターだが、石原莞爾や安江仙弘以外にも、甘粕正彦、松岡洋右、李香蘭、川島芳子、尾崎秀実など、実在の人物が登場し、彼(女)らのいきいきとした描写が物語のリアリティを支えている。
終盤の舞台は関東軍・満洲国軍がソ連・外モンゴル軍の近代兵器に完膚なきまでに叩きのめされたノモンハンでの戦いだ。この軍事作戦の責任者だった辻政信や服部卓四郎は処罰の対象になるどころか、本国に帰って南方作戦を指導する立場についた。そうした無責任体制の先に、日本の敗戦と満洲国の崩壊を予感させるラスト。
ずっしり読み応えのある作品である。(芳地隆之)
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