「土地があるのなら(こんな仕事をしないで)畑を耕せばいいじゃないか」「地雷がごろごろしていてだめだよ」
イラン北部の対イラク国境近く。おそらく1980年代のイラン・イラク戦争時には激戦地だっただろうクルド人の村から、いまでは食料品や文房具からタイヤまで、様々なモノがイラクに向けて運び出されている。上記のやりとりは、密輸を生活の糧にしている少年同士の会話だ。
中東地域に住むクルド人の人口は約2000万人。ただし、居住地域がイラン、イラク、シリア、トルコなど、複数の国々にまたがっており、自分たちの国はない。世界最大の少数民族と呼ばれるゆえんである。
この映画の語り手はアーメトという少女。5人兄弟の4番目だ。母親は5人目の娘を産んだ後に亡くなった。父親は地雷を踏んで命を落としたため、2番目のアヨブは学校を辞めて、密輸の仕事につく。しばしば国境警備兵の発砲を受ける危険を伴うが、彼は重度の障害者である弟、マディの手術費用を稼がなければならなかった。
草木の乏しい荒涼とした山を越え、イラク側に住むクルドの同胞に物資を運ぶ人間と騾馬。厳しい冬、縄でつなげた2つのトラック用タイヤや、いくつもの箱を背負って騾馬は雪のうえを歩き続ける。出発前にアルコール度数の高い蒸留酒を飲まされるのは、この過酷な行軍に耐えるためだ。
しかし、それが裏目に出てしまう。国境警備兵の銃声を聞き、いま来た道を戻ろうとした際、酒を飲まされすぎた騾馬は酔っぱらって転倒し、立ち上がれなくなったのである。騾馬は大事な輸送手段だ。密輸者たちはあわてて騾馬の荷を解いてやる。騾馬の背中から外されたタイヤは、人間とともに雪に覆われた山の斜面を転げ落ちる。まるで両者は等価だといわんばかりのシーンだ。
しかし、アヨブはあきらめなかった。イラクにいい医者がいると聞いた彼は、騾馬をイラクで売り、そのお金でマディに手術を受けさせようと、国境を目指すのであった。
雪に覆われた真っ白な山頂に張られた鉄条網。マディを抱いたアヨブと騾馬が国境を越えるラストシーンは、あまりに美しく、悲しい。
なにより驚きなのは、アーメト、アヨブ、マディら、この映画に登場する子供たちがみな地元の、俳優としては素人ということだ。ゴバディ監督の素晴らしい演出は、同じクルド人であるゴバディと出演者たちの固い信頼感があってこそ。
この映画はあなたの世界観をより豊かにしてくれると私は思う。
(芳地隆之)
ご意見募集