昨年末に開始されたイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの爆撃は、年が明けると地上侵攻にエスカレートした。1月5日時点におけるガザ住民の死者は500人を超えたという。
ガザ地区を統治するハマスからの挑発的な行為はあった。イスラエルの過剰な防衛意識は、ユダヤ人差別の歴史やアラブ諸国に取り囲まれた地政学的な産物ともいえる。しかし、圧倒的な軍事力を誇るイスラエルの今回の行動はクレージーとしか言いようがない。
中東からのやりきれないニュースが続くなか、市井の私たちが戦争に抗してできるのは、この映画を観て、笑い、泣くことではないか――そんな思いを抱かせる作品である。
イスラエルと国交をもつ数少ないアラブの国のひとつ、エジプトのアレクサンドリア警察音楽隊一行がイスラエルのバスステーションから目的地へ向かうところから物語は始まる。だが、彼らの冴えない表情はこの先のトラブルを予見させる。
音楽隊がイスラエルを訪れたのは、ある小さな町に開設されたアラブ文化センターの記念式典で演奏をするためであった。しかし、町の名前を一字間違えたばかりに、一行はホテルもない田舎町にたどり着いてしまう。
その日のバスは運行していない。さて、どうするか。
救いの手を差し伸べたのは、その町で小さな食堂を経営するディナだった。彼女は8人の楽団員を自宅とレストラン、そして常連客の家に分けて泊まれるようにする。
しかし、常連客の家では妻の誕生パーティを予定していた。そこへアラブの楽団員3人が泊まりにくる。妻には面白いわけがない。失業期間が長く、ただでさえ家庭にいづらい夫は、なんとか場を盛り上げようとするが、やればやるほど、ドツボにはまる。また、一番若い楽団員は夜、イスラエルの若者と一緒に地元のディスコへ出かける。そこで女性経験のない若者に口説きの指南をしたりする。
この映画で、アラブとイスラエルの間の長年にわたる対立が示唆されるシーンはほんの一瞬だ。全編にわたり、一生懸命な登場人物たちのずっこけぶりは微笑ましく、「私はオマー・シャリフ(アラブ系の俳優)に憧れていた」と言う時のディナの表情や音楽の素晴らしさを語る生真面目な団長の額の皺に、政治や宗教の違いを越えた人間らしさを感じる。
そして見終わった後、人間がとても愛おしくなるのである。
(芳地隆之)
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