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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.60
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コマンダンテ

2003年米国・スペイン製作/オリバー・ストーン監督

 10年ほど前、初めて訪れたキューバで、最初に気がついたのは町の中にフィデル・カストロの写真や肖像画がないことだった。かつてのチャウシェスク大統領のルーマニアから、現在の金正日総書記の北朝鮮まで、たいていの社会主義国には国家元首の写真がいたるところに飾ってある。キューバ建国の父といわれるホセ・マルティの銅像やキューバ革命を成功させたチェ・ゲバラの肖像は見かけるのだが――。

 「フィデルはまだ生きているだろ。生きている人間を偶像にしちゃいけないよ」とタクシーの運転手さんが言った。

 この国の人は、国家元首をファースト・ネームで呼ぶ。

 そのフィデルへのインタビューをまとめたのが本作品である。フルシチョフやケネディ、ニクソンなど、歴代政治家の人物評も興味深いが、最も印象に残ったのは彼の哲学者のような佇まいだ。

 テレビで見る、キューバ国会でアメリカ批判をまくし立てる姿とは程遠く、フィデルは、オリバー・ストーン監督の質問に思考を巡らせ、言葉を選ぶ。たとえば、「あなたは独裁者だと言われているが」との問いに対して、「私は私自身に対する独裁者だ」といったように。

 私は、これまでオリバー・ストーン作品を好ましいと思ったことがなかった。ベトナム戦争やケネディ暗殺、ウォール街あるいは9・11とその都度、現代史の重要な事柄を取り上げるものの、作品に過剰な正義感や単純な善悪の対比を感じて辟易してしまう。

 この映画では、フィデル・カストロという類稀な政治家を前にして、ストーン監督の語り口が変わったのかもしれない。彼の作品特有の饒舌さは後退し、その分、映像に深みが増している。

 それにしてもキューバは楽しい滞在だった。かの地に行ったことがなくても、ヴィム・ヴェンダースの映画『ブエナ・ヴィスタ・ソシアル・クラブ』をご覧になった方なら想像がつくだろう。町のどこかでサルサのリズムが流れ、住民は異邦人に気軽に声をかける。

 キューバは識字率ほぼ100%、スラムは存在しない。国全体が豊かとはいえないものの、中南米諸国から多くの医学留学生を学費免除で受け入れている。マイケル・ムーアは最新作『シッコ』で、9・11時の救助活動で体調を壊したにもかかわらず、政府から十分な治療を補償されなかったアメリカ人をキューバの病院へ連れて行った。

 フィデルは『コマンダンテ(司令官)』撮影の打診を受けたとき、「いつでも撮影を中止できるなら」という条件を出したという。しかし、計30時間に及ぶ撮影の中で、フィデルは一度もカメラを止める要請はしなかった。これは権力者としては極めて珍しいことである。 ちなみにこの作品、アメリカ政府は自国での上映を禁じている。この違い、考えてみる価値がありそうだ。

(芳地隆之)

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