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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.59
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幻化

1971年/NHKアーカイブス

 先日、友人から、NHKドラマ『幻化』のDVDが送られてきた。添えられた手紙には、「放映当初はあまりに哲学的で難解だったのですが、いま見直してみると、梅崎春生の原作が見事にドラマ化されていることがわかります」とある。そして、「マガジン9条編『使える9条』を読んで、自分なりに平和と戦争を考えたときに、思い浮かんだ作品のひとつです」とも。

 元海軍下士官の久住五郎(高橋幸治)が精神科病院を抜け出し、太平洋戦争末期に配属されていた鹿児島県の坊津を訪れるところから、物語は始まる。それは、戦後四半世紀、自分は何のために生きてきたのかを自問する旅だった。

 久住と道中を共にする丹尾(伊丹十三)は、敵前逃亡の罪を犯し、戦後、長らく身を隠していた元特攻隊員の兄をもつ男である。丹尾は「(自分の妻を長らく)人に押し付けておいて、帰ってきたと思ったら、自分の戦争体験の過酷さを強調する」と兄を咎める。久住は丹尾の兄と同世代だ。

 旅の過程で現在と過去はさまざまに交錯する。

 たどり着いた坊津の浜で、久住は戦争による悲しみを背負った女たち(渡辺美佐子、大地喜和子)と出会う。そこはかつて、沖縄を焦土とした米軍が九州本土に上陸する場として、久住らが玉砕覚悟で待ち構えていた場所であるが、沖縄に残した家族の死を知った戦友が真夜中の海へ泳ぎ出て、自殺したところでもあった。

 物語には、久住が入院していた精神科病院の患者たちや、戦後の久住ら世代の生き方を責める学生運動家らの姿も挿入される。そして、回想も幻影も、すべてが現在進行形となったとき、あの戦争は何だったのかと観る者に問いかけてくる。

 戦争という過去に向き合った原作者・梅崎春生の想念を、シュールな手法で映像化した岡崎栄の演出、原作を濃密な1時間半にまとめた早坂暁の脚本、そしてそれに応える俳優たち。スタッフ・キャストの、物語の本質に迫ろうとする姿勢がひしひしと伝わってくる作品だ。

 台詞回しや演出に時代を感じさせるが、37年前に、こんな前衛的なドラマがNHKで放映されたことの方が驚きであり、昨今のテレビドラマのあまりにわかりやすい作りが気になってくる。

(芳地隆之)

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