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マガ9レビュー

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本、DVD、展覧会、イベント、芝居、などなど。マガ9的視点で批評、紹介いたします。

vol.56
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日本経済 見捨てられる私たち

山家悠紀夫/青灯社

 『偽りの危機 本物の危機』や『「構造改革」という幻想』などの著作で、「構造改革」の問題点を指摘してきた山家(やんべ)氏の新著を読むと、氏が警鐘を鳴らし始めた10年ほど前より、事態は深刻さを増していることを痛感する。豊富なデータと平易な言葉による解説は、より多くの読者に問題意識を共有してもらいたいという著者の願いの表れだろう。

 山家氏によれば、1990年代に入って日本経済が深刻な不景気に落ち込んだのは、バブルの好景気の反動だった。それに株価や地価の大幅な下落が加わったことが後遺症を長引かせたのだが、日本の実質成長率は、1994年には前年の0%から1%台へ、95年は2%、96年は3%と徐々に回復に向かっていた。国内需要が再び上向いてきたからである。

 ところが、当時の橋本内閣は「バブル後の不景気は日本経済の構造に原因がある。景気が悪いのは企業が儲からないからだ」だといって、サプライサイド、つまり企業の側にメスを入れた。

 現実を見誤った処方箋は、小泉内閣における「構造改革」の掛け声で一気に加速される。そのことで何が起こったか。

 従来、景気がよくなった際にみられた「企業の収益が上がる→雇用が増加し、賃金も上がる→家計の消費支出も増える」という流れがなくなり、企業の収益は、雇用や家計を飛ばして、社内保留と株主への配当により多く回されるようになったのである。

 小泉元首相は「改革なくして成長なし」と絶叫した。しかし、彼のいう「構造改革」が続く限り、成長の果実が一般国民に恩恵をもたらすことはないのではないか。私たちは気づき始めている。

 にもかかわらず、日本政府は「小さな政府」(現在は「簡素で効率的な政府」と呼んでいるが)を目指すという。日本は先進国の中でも、対GDP(国民総生産)比の政府支出がアメリカと並んでもっとも低く、その影響はワーキングプアや生活保護打ち切りの増加となって現れている。これ以上の「小さい政府」化は政治のサボタージュではないか。

 グローバル化の時代、日本の勤労者の賃金の引き上げは国際競争力の低下をもたらすと語る有識者がいる。しかし、多少の賃上げで、国際競争力を失うほど、日本経済はやわではない。むしろ、働く人の待遇をよくして、より品質の高いモノやサービスの提供を目指すというのがこの国本来のあるべき姿ではないか。

 どうせ小さな政府を目指すなら、世界第2位の軍事費と年間19兆円(2006年度)という先進国でもダントツの公共事業費を小さくしたらどうかと著者はいう。そうすれば、巷で不可避とさえいわれる消費税増税も必要ない、と。

 人間に対する優しい眼差しと統計数値を読み込む冷静な目を合わせもつ、稀有なエコノミストの本をぜひ読んでほしい。

(芳地隆之)

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