ヒトラー偽日記事件を記憶の方もいると思う。1983年、ドイツ・ハンブルクの出版社が発行する週刊誌『シュテルン』が特大スクープ「ヒトラーの日記発見!」を掲載した。当時、私もかなり興奮したくちだが、間もなく、それは偽造であることが発覚した。
本作品はそれを大胆に脚色した映画である。
売れない画家と、彼に偽日記を書かせようとする編集者が主人公。編集者に焚きつけられた画家はいつの間にか自分が「総統」になったような気持ちになり、狂気の形相を増しながら、日々ペンを走らせる。ところが、テンションが上がりすぎて机に顔面を打ちつけてしまい、顔を上げると、画家の鼻の下にはインクがついて、間の抜けたヒトラーのような表情に……。
そんなシーンの連続である。ナチスシンパの財界人が、密かに古城に集まり、時代がかった気勢を上げるというどぎつい場面も忘れられない。
極めつけは、ヒトラーの日記が偽物だとばれたにもかかわらず、それを書かせているうちに「ヒトラーは南米で生きている」という妄想に取り付かれた編集者だ。彼は「総統!」と叫びながら、ハンブルク港から大型ボートに乗ってラテンアメリカに向かう。そこでジ・エンド。
ドイツが統一して間もない頃に公開されたこの映画は、ちょっと触っただけで全身に毒が回りそうな、ブラックな笑いに溢れている。こんなセンスは自分たちの国と歴史を相対的に見ることができなければ、決して生まれえないだろう。
戦争の時代をテーマにした日本映画は数多い。しかし、とかく「愛する人と国を守るため、ぼくは死にいく」的なウェットな話になりがちだ。作り手が過去にきっちり落とし前をつけていないと、戦争を題材としたコメディは難しいと思う。
ちなみに「シュトンク」とはチャップリンの造語である。映画『独裁者』でヒトラーに擬した彼は、ドイツ語もどきの演説をした。
「デモクラツィー、シュトンク!」「リバティ、シュトンク!」「フリースプレッケン、シュトンク!」
これは「捨てる」とか「破棄する」といった意味で使っているようで、さしずめ「民主主義、くそ食らえ」「自由、くそ食らえ」「言論の自由、くそ食らえ」といったところだろう。
そんなセリフをタイトルにするところも、この映画のセンスを感じるが、「シュトンク」は日本で公開されていない。
ここまで書いておきながら、すみません、日本はまだ未公開です。どこかで配給してもらえないか。そう願いつつ書きました。
(芳地隆之)
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