著者の論じ方はいつも具体的だ。書く対象が全国各地の中小企業や商店街の現在だからだろう。そこでは働く一人一人の顔がよく見える。
一方、「日本経済」を論じるエコノミストやアナリストの語り口が抽象的になりがちなのは、それがマクロの世界だからというだけでなく、彼らがときに自分の信奉する経済理論をもって現実を批判するという、本末転倒を演じてしまうからではないか。
本書は「超○○法」で有名な経済学者、野口悠紀雄氏、あるいは世界的ベストセラー「第三の波」を記した未来学者、アルビン・トフラーの製造業に対する偏見に釘を刺す。
彼らには、製造業がいまだベルトコンベア上での単純組み立て作業と思っているふしがあり、先進国(もしくは日本)の経済構造を「ハード」から「ソフト」に、「製造業」から「サービス業」に転換せよと説くのだが、日本の中小企業のモノ作りの現場に限っていえば、世界一口うるさい消費者と常にコストダウンを求める発注先のプレッシャーのなか、日々技術革新への挑戦を続けているのである。
その具体例は、本書に登場する様々な中小企業の例を読んでほしい。日本の会社の90%以上、勤め人の70~80%は中小企業に属している。そうしたノンエリートたちの現場から生れたサクセスストーリーは、順風満帆とは決していえない、地方の小さな会社で生れたものだ。それが読む者を元気にするのは、そこに、技術を蓄積し、ノウハウを生かすのは人であるという共通点があるからだろう。
人こそが最大の資源――そう思うと、昨今の大企業の不祥事には、人の顔が見えないことに気づく。
何度も繰り返される「皆様にご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした」との決まり文句で頭を垂れる経営者の顔を覚えておられるだろうか。
本書の終章では経団連の文書「希望の国、日本-ビジョン2007」が取り上げられる。コンプライアンス、アカウンタビリティ、コーポレートガバナンスといった横文字ばかりが並ぶ「希望の国、日本」の空疎さは、違法労働で名高いメーカーや、原発事故を隠そうとする電力会社の会長が要職を占める団体の現状と無関係ではないだろう。
人を大切にしようという姿勢がなければ、企業の物語は生れないし、物語が生まれないところに未来は見えてこない。
経営者や従業員の人となりが立ち上がってくる日本の中小企業を、私たちはもっと誇っていいと思う。
(芳地隆之)
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