請負とは、受注者(人材サービス会社など)が発注者(メーカーなど)に依頼された仕事を完成させ、その結果に対して報酬を得ることだ。企業にとっては、社会保険負担など直接雇用にともなうコストを削減できるというメリットがある反面、自社で雇用していない人材を社員が直接、指導することは禁じられている。また、正社員と請負労働者が同じ職場で働いたり、別々の請負会社に所属する労働者同士が一緒に作業したりすることも違法である。正社員が指導するのであれば、請負ではなく労働者派遣として、発注者が労働者ときちんとした雇用契約を結ばなければならない。
本書で登場するキヤノン、松下電器、シャープなどの工場では、社員が請負労働者を指導するだけでなく、ベテランとなった請負労働者が新しく入ってきた社員に技術を教えていた。しかも、請負労働者であるがゆえに、現場で事故にあっても救急車を呼んでもらえず、自力で病院に行かされるケースもあった。
労災として労働基準監督局に立ち入られると、法令違反がばれる。その後の労災保険料率が上がる。そういうのは困るというメーカー側の都合である。こうして労災隠しが行なわれた。
キヤノン会長の御手洗富士夫氏は請負と派遣の区別を知らなかった。しかも、自社の違法行為が明るみに出た際、それを反省するどころか、こうした区別をしている法律を変えるべきだと言い放った。
コンプライアンス(法令遵守)やアカウンタビリティ(説明責任)といった横文字の言葉にむなしさを感じつつ、ぼくは数年前に起こったプロ野球界の再編騒動での宮内義彦オリックス会長の発言を思い出した。経営難が深刻化する近鉄バッファローズをオリックス・ブルーウェーブが吸収合併することに世論が強く反発した際、宮内氏は「ファンがスタジアムに来なかった」と言ったのである。「商品(野球というコンテンツ)が売れないのは、買わない消費者(観戦に来ないファン)にも責任がある」というわけだ。こういう発想は、本来、経営マインドにはないはずだが……。
宮内氏は小泉政権当時、政府の規制改革委員会の議長を務めていた。彼が中心となって進めたひとつが労働法制の緩和であり、それを最大限に活用しようとし、結果として違法な雇用を許してしまったのが、経団連会長として安倍政権の旗振り役を任じていた御手洗氏である。
「法律が悪い」と「ファンが悪い」。メーカー、リースと業態は違えども、2人の経営者の思考に似たものを感じないだろうか。
朝日新聞特別報道チームの地道な取材は、過酷化する労働現場で、自殺にまで追い込まれる人々の絶望と怒りを代弁している。
(芳地隆之)