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憲法記念日に考える-憲法9条があっても「戦争ができる国」へ!? 

議論の高まりもないまま、衆議院を通過し成立まもない海賊対処法。そして現在もソマリア沖で活動中の海上自衛隊の艦隊。「国益」を掲げ、遠くアフリカ・アデン湾にまで出かけていった自衛隊の行為には、ついに大きな一歩を踏み出してしまった感が否めません。
日本国憲法前文、そして9条に書かれてあることと、現実に日本が行ってきたこと、行おうとしていることのギャップがこれほどまでに大きくなった今、私たちは、「9条護憲」と「解釈改憲容認」の関係について、どう考えていけばいいのでしょうか?
「それでも9条の条文が守られることに意味はある」、「解釈改憲が進み、9条が形骸化していけば、残っても意味はない」など、様々な意見があるでしょう。まずは、現状の立法状況はどうなっているのか? について、自由法曹団の弁護士、田中隆さんにお話を伺いました。

検証!「戦争国家」への立法状況田中隆(弁護士/自由法曹団)

「戦争ができる国」になるための法制(法律づくり、条約締結)

 言うまでもなく日本国憲法では、憲法9条において、戦争を放棄し、陸海空の軍隊を持たないと明記しています。そのため、戦争ができる「戦争国家」を作るためには、憲法を拡大解釈しながら作る、多くの法制が必要になります。その法制を3つの目的で分けると、
■1)「出兵のための法制」
■2)「後方を固めるための法制」
■3)「明文改憲のための法制」
となります。ではここ20年の動きについて、関連する法制とその背景について、主に「出兵のための法制」を中心に年表にまとめてみました。

●「戦争ができる国」になるための法制の関係年表(作成:田中隆)●
1990年   イラク、クウェート侵攻。国連平和協力法案・廃案
(1990年10月提出、11月には廃案)
戦後初、自衛隊を海外へ派遣するための法案が出されたが、反対の声が大きく1ヶ月で廃案。背景には、イラクのクウェート侵攻。
1991年   湾岸戦争
1992年   PKO法。陸上自衛隊・カンボジアへ
(91年9月提出、92年6月に成立)

湾岸戦争のトラウマ

戦後はじめて自衛隊が海外に派遣されます。それまで国際社会の紛争の解決や和平のためには、日本は経済的支援を続けてきました。湾岸戦争の際には、戦費130億ドルを出したにもかかわらず、「感謝されなかった」として「トラウマ」が残ったとされました。92年9月に陸上自衛隊がカンボジアへ派遣。
1994年   政治改革、北朝鮮核疑惑、読売新聞社・改憲案、警察庁に生活安全局。
1997年   日米防衛協力の指針(新ガイドライン)。
1999年   周辺事態法・憲法調査会設置法・盗聴法・国旗国家法・地方分権一括法・司法改革審議会法・金融再生法など成立。
2000年   「米国と日本・成熟したパートナーシップ」(アーミテージ報告)。
2001年 4月 小泉純一郎内閣成立。米・ブッシュ政権は1月に成立。
9月 「同時多発テロ」(9・11事件)。
10月 アフガン空爆開始。
11月 「テロ」特措法成立。米軍支援のための補給艦隊インド洋へ。
(法案提出からわずか3週間での可決、制定)

「反テロ戦争」テロと戦うための特措法

自衛隊の支援艦隊がインド洋にて米軍の機動部隊に燃料を補給。戦闘行為そのものに参加したわけではないが、明らかにこれは「参戦」行為。
「同時多発テロ」を契機に派兵のための法制づくりが加速します。10月、ブッシュ政権は報復戦争に突入しアフガンに空爆開始。世界中がこの流れに、「ヒステリー的」に同調していきます。
2002年 4月 有事3法案提出。通常国会で継続審議。
9月 アメリカ「国家安全保障戦略」(ブッシュ・ドクトリン)。
2003年 3月 米英軍、イラク攻撃開始。中央教育審議会最終報告。
6月 有事3法成立。
7月 イラク特措法成立。
背景は、02年10月に出された「ブッシュ・ドクトリン」。
東京都安全・安心まちづくり条例。
2004年 2月 陸海空3自衛隊イラク派遣。陸上自衛隊・サマワに駐屯。
04年2月に、戦後初めて自衛隊が戦地に赴任した。イラクからは08年暮に撤退。
6月 有事10案件(国民保護法など)成立。
2005年 1月 日本経団連「わが国の基本問題を考える」
9月 総選挙で自民党圧勝(郵政・総選挙)。郵政改革法成立。
11月 自民党大会・新憲法草案。
2006年 5月 米軍・自衛隊再編合意(2+2)。改憲手続法案提出。行革関連法成立。
9月 安倍晋三内閣成立。「教育再生会議」設置(10月)
12月 教育基本法「改正」、防衛省昇格法成立。
2007年 1月 日本経団連「希望の国、日本」。安倍首相「戦後レジームの脱却」
5月 改憲手続法成立。規制改革会議・第1次答申。
6月 教育3法、米軍再編特措法、イラク派兵延長法など成立。情報保全隊問題。
7月 参議院選挙で自民党歴史的惨敗(年金・政治とカネ・構造改革・憲法)。
9月 安倍内閣退陣。福田康夫内閣成立。
11月 「テロ」特措法期限切れ、補給艦隊インド洋から帰還
———この間、格差社会、絶対的貧困・窮乏が社会問題化。構造改革への批判が急速に強まる。
2008年 1月 新「テロ」特措法、参議院で否決、衆議院再可決で成立。
(08年1月成立)
インド洋での給油は継続中
4月 後期高齢者医療制度実施。名古屋高裁・イラク派兵違憲判決。
5月 改憲反対の世論拡大。9条世界会議。
9月 福田内閣退陣。麻生太郎内閣成立。
11月 アメリカ大統領選挙。オバマ候補(民主党)当選。
———この間、サブプライムローン問題に端を発した世界金融危機。世界同時不況。
2009年 2月 東京都議会・安全・安心まちづくり条例「改正」案
3月 ソマリア沖に護衛艦派兵、海賊対処法案提出。

視点を変えてこの20年を振り返ると

 ここで別の視点から、これまでの法制の動きを分析してみたいと思います。「戦争に参加できる国」にしたいと考えている人たちにとってみれば、この20年をどのように捉え、また課題を設定しているのでしょうか? 

 1990年からこの20年間において、派兵法だけみると様相はかなり変わりました。野党や市民の反対の声により、たった1ヶ月で廃案になった時代から、今では海外派兵は日常化しているといってもいいでしょう。しかし、それでも出すたびに期限付きの「特措法」を作らなくてはならず、そして出せたのも兵站部隊のみ。しかも、与野党が逆転した参議院では、新「テロ」特措法は否決続き。加えて、イラク派兵違憲判決が2008年4月に出され、大きな衝撃を受けました。またイラク戦争の失敗をアメリカのみならず国際社会も認め、軍事力で平和は構築できないということにみんなが気づきはじめます。「反テロ戦争」の失敗が明らかになり、世論もイラク戦争に賛成した日本政府の姿勢について、不支持を示しています。

 そして明文改憲=9条改憲については、憲法改正の手続き法である、国民投票法の制定は安倍政権下で行われましたが、世論としては9条護憲の声の高まりがあり、発議しても国民投票で9条改正が否決される可能性も高い・・・。

 などなど、「派兵や後方支援のための法制をしつつ、明文改憲で軍隊を明記、集団的自衛権も認めるなど、名実共に “戦争できる国“にしたい」と考えていた人たちは、「こんなはずじゃなかった・・・」と思っているのでは、ないでしょうか?

 もし私が彼らの立場だったとしたら、「ならば、新たな手段」ということで知恵を絞るでしょう。そして考え出されたのが、「警察活動」を口実にした「海賊対処法」ではないでしょうか。

ソマリア沖派兵と海賊対処法

 最初にソマリア沖の海賊の話題が国会で持ち出されたのは、2008年10月の衆院テロ防止特別委員会にて。民主党の長島昭久氏が、「海上保安庁の巡視艇がソマリア沖の海賊対策に当たるのは困難」との趣旨の答弁を政府から引き出したうえで、「自衛隊艦艇のエスコート(護衛)は海賊対策にかなり効果がある」と麻生首相に提案をしたことに始まりました。それからわずか3ヶ月あまりで、国会議論も承認も得ず、2009年1月28日に麻生首相が指示を出し、海上警備行動での海自の派兵が決定されました。

 3月14日、護衛艦「さざなみ」「さみだれ」が派兵されました。海上警備行動は、海上保安庁の能力を超えた不審船などに対して、海上自衛隊が行う治安維持活動で、日本近海を想定した規定です。日本の民間船舶を海賊から守る、護衛するという目的なので、軍事行動ではなく、警察行動だと言いながら、「戦闘地域」への戦闘用艦艇の派遣が行われたのです。海賊が来て発砲ということになれば、日本の軍隊が平和憲法下ではじめて戦端を開いた瞬間になるでしょう。

 そして現在、国会にて審議中の海賊対処法は、この派兵を法的に追認し、しかも恒久化する法制です。海賊対処法は、護衛の対象を外国船籍の保護にまで拡大するもの。また、停船命令を無視した海賊船への射撃が可能になります。つまり武器使用の基準がこれまでよりずっと緩和されるのです。また期限をもうけている特措法でもありません。そして今回の政府の憲法解釈は、「海賊は国や国に準じる組織ではない、なので憲法が禁じている武力行使ではない」としていますが、その解釈だとテロ組織との武力行使も可能ということになり得るのです。

 ソマリア沖派遣と、海賊対処法は、警察活動を口実にして「9条」を大きく迂回しつつ、自衛隊を戦闘に突入させようとしている策動です。

日本の世論は? そして国際社会は?
ソマリア問題をどう考えているのか?水島さつき(マガジン9条)

 法律の専門家や、伊勢崎賢治さんのように世界の紛争地の現場を見ている人は、今回のソマリア沖派兵は、これまでとは、一つ次元の異なる「憲法違反」だと指摘しています。(##伊勢崎さんの主張はこちら)しかし今ある日本国内の世論は、おおむね「海賊だから(海賊は悪者だから攻撃しても)仕方がない」といった論調であり、9条護憲派の中にも、「今回は、イラクやアフガンのように、戦場に行くわけでないのだから」と容認している人が少なくないようです。アフリカ沖というあまりにも遠い場所の出来事であり、海賊は盗賊と同じだから、警察が泥棒を捕まえるように、捕まえないとダメだ、というイメージにもつながりやすいからでしょうか。

 日本だけでなく他の国々の船舶がソマリアの海賊に脅かされているという現状は理解しつつ、他国に倣って軍艦を出すことが、果たして海上の平和を作るために日本が今行なうべき最善策だったのかどうか、を考える必要もあるでしょう。マラッカ沖海賊問題で行った海上保安庁による沿岸国の治安回復への協力、ソマリア難民支援のための援助、そうしたことは、日本がこれまで地道に続けてきたことなのです。

 私たちのこの問題への無関心さと「しょうがない」と片づけてしまうことの一因には、「ソマリア」という国の現実問題を知らなさすぎることにあるのではないか、と考え次回「ソマリア」について調べ、紹介していきたいと思います。

「海賊新法は、自衛隊の海外派遣の恒久化につながる法律だから、制定に反対!」だけでない理由も考えていきたいと考えます。法的根拠をめぐって、自衛隊を海外に出す/出さないという議論だけでなく、「世界の平和のために」日本ができる国際貢献とは? ソマリア沖の治安の安定のために、日本がやるべきことは?
 そうした議論を広め世論を作ることが、憲法の形骸化、9条の形骸化を食い止める一つの手だてになるのではないかと考えているからです。 みなさんのご意見、お待ちしています!

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