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2012-07-04up

時々お散歩日記(鈴木耕)

99

6月の(最悪の)言葉「大きな音だね」
そして、国会上空を舞ったヘリ、マスメディアがネットに完敗した日本報道史上初めての日

 朝日新聞の売り物のコラム「天声人語」の毎月の最終日は、「今月の言葉から」という書き出しで始まる。その月のニュースやトピックスの中で、印象に残った人の言葉を取り上げる定番の文章である。ほとんどは、美しい言葉や感動的なフレーズに触れて、その背景の出来事に言及する、というパターンだ。
 「天声人語」の真似をするわけではないが、2012年6月、僕の印象に(悪い意味で)最も強く残ったのは、野田の一言だった。

 6月29日、凄まじい数が押し寄せた首相官邸付近のデモを、30日付の(読売産経を除く)新聞各紙はかなり大きく伝えた。それまでだんまりを決め込んでいたテレビさえ、大小の違いはあれ、報道せざるを得なくなった。それほどの数だったのだ。
 その前段階として、報道各社の姿勢に対し、ネットでは強烈な批判が巻き起こっていた。
 「日本の首都のど真ん中で数万規模のデモが起きているのに、ほとんどそれを報道しないマスメディアとは、いったい何なのか!」という批判である。
 6月に入って「大飯再稼働」が野田(僕は「怒りの野田呼び捨て宣言」続行中なので、今回もこの男だけは呼び捨てでいく)の口に上るようになると、首相官邸付近で4月から毎週金曜日に行われていた再稼働反対デモは幾何級数的に人数を増やし、数百人から数千人、そしてついに19日には1万人を超え、22日には4万人超(いずれも主催者発表)といううねりになった。それでもマスメディアは無視した。
 当然の流れというべきか、「マスコミが報道しないなら、自分たちでやるしかない」という機運が、人々の間に生まれ始めていた。「マスコミの手など借りなくても、報道なんかなくても、ツイッターやフェイスブックで情報は伝えられる」。そんな自信さえも見え始めた。

 広瀬隆さんらが発案したヘリコプターからの空撮は、数日前からネット上で大きな話題になっていた。広瀬さんは、それについてこんな痛烈な文章をネット上で公表していた。

 金を取って何も(N)報道(H)しない公共放送(K)は、22日のデモを一切報道しなかった!! キャスター達は報道人としてよく恥ずかしくないものだ。NHKがどれほど無能であるかを、今度はこちらが全世界に証明してやろう。
 われわれが、ヘリコプターをチャーターして、29日には上空から巨大デモの全景を、全国にビデオ配信することにした。(略)

 そして、「正しい報道ヘリの会」を即座に立ち上げ、基金を募り(カンパは、城南信用金庫 営業部本店 普通預金口座―822068 名義―正しい報道ヘリの会 タダシイホウドウヘリノカイ)、実際に29日、国会付近の上空へヘリコプターを飛ばし、その凄まじい数のデモの光景を全国に配信したのである。
 その動きに刺激されたのかどうかは分からないが、この日、デモ隊の空撮を行ったヘリは5機にも及んだ。
 これは、マスメディアがネットに完敗したという、日本の報道史上の画期的な出来事だったのではないか。

 東京新聞は一面トップで、暮れなずむ国会議事堂のシルエットを遠景に、道を埋め尽くしたデモの人々の写真を大きく掲げた。その写真のすぐ下に、こんな記事があった。

 野田佳彦首相は二十九日午後七時前、関西電力の再稼働に反対するデモの声が響く中、官邸から敷地内にある公邸に歩いて移動した。
 途中、公邸の門のあたりで警護官(SP)に「大きな音だね」と話し掛けたが、立ち止まらずに公邸に入った。
 首相は二十五日、官邸周辺のデモについて「シュプレヒコールはよく聞こえている」と国会答弁したが、再稼働方針を見直す考えがないことを強調している。

 これが、僕が最初に書いた「今月の(最悪の)言葉」である。
 十万人をはるかに超える人間たちが、何の動員でもなく、自らの意志で首相官邸付近に集まり、悲痛な思いで心から「再稼働反対」を叫んだその“声”に対し、野田は「大きな“音”だね」と言い放ったというのだ。最悪最低の男だ。
 「大飯原発再稼働反対」は「天声人語」風に言えば、6月の最も大事な“言葉”だったはずだ。その言葉が、野田には単なる“騒音”としか聞こえなかった。声を合わせて「再稼働反対!」と叫んだ言葉が、まるで工事現場の騒音くらいに野田には思えたのだろう。

 野田は何かあれば二言目には「国民のみなさんの声」というフレーズを多発する。
 消費増税法案の採決に際しては「国民のみなさんの声を謙虚に受け止めながら、社会保障のいま以上の充実に取り組んでまいります。そのための消費税法案に、私は命を賭けますっ!」と絶叫。
 沖縄県民が、ほとんど島ぐるみで反対している米軍の垂直離着陸機オスプレイの普天間飛行場配備についても「沖縄県のみなさんの声に耳を傾けながら、少しでも県民のみなさんの負担軽減につながるよう努力してまいります」とわけの分からない説明。
 リクツも理論も何もない。ただただ「国民のみなさんの声に耳を傾けます」の繰り返しのみ。しかし、それが空虚で中身のない上っ面の言い訳だったことを、自身が「大きな音だね」と漏らしたことで露呈してしまったのだ。
 あれは、決して単なる「音」ではない。野田が言うところの「国民のみなさんの声」なのだ。しかし野田は口先だけ。「国民のみなさんの声」を聞く気などさらさらない。もし、「国民の声」を掬い上げようと少しでも考えていたとしたら、「大きな音だね」などという感想を漏らすはずがない。つい本音が出てしまったのだ。
 「うるさいなあ。ゴチャゴチャ騒ぐんじゃない。ここは天下の首相官邸だぞ。静かにしろ」
 それが本音だったに違いない。

 野田の姿勢は、はっきりしている。都合の悪いことを聞く気はまったくない、ということだ。東京新聞(7月1日付)に、それをよく表す記事が載っていた。

首相面会 温度差
脱原発議員とは距離 増税賛成派は積極的に
「異論から逃げている」批判の声

 野田佳彦首相が面会する民主党議員の「品定め」が露骨になっている。脱原発依存派などとは距離を置き、消費税率引き上げへ協力した人には積極的に会う傾向がある。(略)これが党内の亀裂を深める一因になっている。
 民主党の脱原発依存派議員七十三人が名を連ねる「脱原発ロードマップを考える会」のメンバーのうち、江田五月元参院議長ら六人が六月二十九日、官邸を訪ねた。「考える会」がまとめた、二〇二五年までのできるだけ早い時期に稼働する原発をゼロにするよう求める提言書を渡すためだ。
 官邸側で応対したのは藤村修官房長官。「考える会」関係者によると、首相との会談を求めたが、日程の調整がつかないことを理由に実現しなかった。
 似たような例は他にもあった。荒井聡元国家戦略担当相らが六月五日、関西電力大飯原発の再稼働に関し、政府に慎重な判断を求める有志議員約百二十人の署名を持参した時も、斎藤勁官房副長官が応対。荒井氏はこの後「百二十人もの首相あての署名なのに失礼だ」と周辺に怒りをぶちまけた。(略)
 首相がこれとは対照的な対応を示すのが消費税の場合だ。首相は六月二十七日、消費税増税法案の衆院採決で賛成票を投じた岸本周平氏ら当選一回の十一人と会談。法案に反対票を投じた小沢一郎元代表らを厳正に処分すべきだとの要請を受けた。(略)
 ある参院議員は首相の対応について「消費税増税を『逃げられない』課題と言いながら、党内の異論からは逃げている」と批判している。

 ま、分かり易いといえばこれほど分かり易い男もいない。意見の同じヤツの話は聞くが、そうじゃない連中の顔など見たくもない。そんなんで、よく首相が務まるもんだ、と呆れるしかないが、逆に言えば、そんなんじゃなければやってらんない、のかもしれない。とにかく、村会議長並みのレベルだ(村会議長さんにも有能な方はいらっしゃるだろうから、そういう方にはもう最初から謝っておく)。

 そして、そんなレベルの首相号令で、大飯原発再稼働へ向けた作業が始まってしまった。雨に濡れながら「再稼働反対」を訴え、おおい町や大飯原発前で抗議行動を行った多くの人たちの“声”を無視したまま…。
 一方、その大飯原発では、何度も何度も危険を告げる警報音が鳴り響いていたのだが、これもいつものように、関電は「単なる機器の故障」とあっさり退けた。ひたすら再稼働を急ぐ。安全は「単なる機器の故障」として片づけられたまま…。

 だが、これで終わるはずはない。
 「金曜日の闘い」はこれからも続くし、国会周辺は騒然とするだろう。そして、7月16日(海の日・祝日)には、東京・代々木公園で10万人規模の大集会も開かれる。
 僕は、どちらにも参加するつもりでいる。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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