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2012-06-20up

時々お散歩日記(鈴木耕)

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11,000人と400人、マスメディアの感性とは?

 あまりに頭にきたので、自分のツイッターにこんなことを書いてしまった。6月16日(土)のことだ。

 私はこれまで、自分の文章に個人名を呼び捨てで書いたことはない(「敬称略」と断ったときは別だが)。だがこれ以降、この男に敬称も肩書きもつけない。野田よ、お前のことは決して許さない。

 少々品がない。でも仕方がない。この男につける敬称なんかない。それほど、僕は腹を立てていたのだ。まだ腹立ちは収まっていない。だから「野田呼び捨て宣言」を撤回するつもりはない。
 この文章も、「野田」と呼び捨てで書いていく。“上品な僕”に、こんな下品な真似をさせるヤツ、それがこの男だ。
 いまさら繰り返すこともないけれど、16日、この男は4閣僚会議とやらを開いて、ついに「大飯原発再稼働を決定」してしまった。4閣僚とは、野田、藤村修官房長官、枝野幸男経済産業相、細野豪志原発事故担当相のことだ。
 しかしなぜか、この席にも仙谷由人政調会長代行が列席していた。なにが4閣僚会議だ、「5人組」じゃないか。この仙谷氏、「再稼働しなければ日本人は集団自殺だ」という世にも恐ろしい脅し文句を国民にぶっ放した男。裏から野田を操っている、とまで言われる。「小沢闇将軍」などと言われるけれど、仙谷氏のほうがよっぽど闇将軍っぽい。

 この大飯再稼働をでっち上げた日、野田は記者会見すら行わなかった。さすがに、問い詰められれば答えようがないと、自分でも分かっていたからに違いない。ペラペラとよく滑るドジョウの舌だが、身のある言葉は吐くことができない。ならば危険は避けよう。官僚に作ってもらった「想定問答集」を暗記する時間も頭もなかったのだろう。
 翌日の新聞は、この再稼働決定にかなり批判的な論調が目立った。さすがの読売新聞さえ、もろ手を挙げての賛成とは書けなかった。原発に批判的な東京新聞は6面を使っての大批判。朝日も毎日も、それなりに野田の論理矛盾を突いていた。
 当然と言えば、当然のこと。
 だが、そんなマスメディアに対して、実は大きな批判が巻き起こっていたのだ。それは、首相官邸付近で行われた抗議集会・デモに関する報道についてだ。ツイッターは白熱していた。
 典型的な批判を挙げてみよう。

yuka ikeda(@romilince) 6月16日
 昨日、11,000人が集まった事はどの報道機関でも全く報道されなかったけれど、今日朝9時から雨の中集まった400人の事は再稼働決定のニュースと共に軒並み報道されていました。まるで、集まって抗議するのもせいぜいこの程度の人数ですよという感じ。この今の日本の現実をどう思いますか?
tomoko mitsuya(とも姉)(@weeawu) 6月17日
 官邸前の1万人超えが報道されず歯がゆい思いをされている全国の皆さま。今日の福井での集会は報道なんていりません。駅前ですらのどかな福井に、突然数千人が集まったなら、たとえ報道されなくても福井の人は口コミで全員知ることになるからです。集まり声をあげることは大きな意味があります。必ず!

 事情が飲み込めない方のために、少し説明しよう。
 各マスメディアが「政府が明日、大飯再稼働を決定する」と報じたのが、6月15日(金)のことだった。それを知った人たちが、続々と首相官邸付近へ集まり始めたのが、同日午後6時頃。
 ここでは連日のように(特に金曜日)、「大飯原発再稼働反対」の集会が開かれていた。「首相官邸前集会」とはいいながら、警官隊の規制により官邸前までは行けない。官邸は大きな道路を挟んで100メートル以上も向こう側。それでも官邸まで届けと、集まった人たちは必死のシュプレヒコールを繰り返すのだ。
 ドジョウはぬくぬくと泥の中、もし聞こえたとしても「聞く耳持たぬ」と夢の中。
 この集まりは、首都圏反原発連合 というネット上でつながるグループが始めたもの。最初は数百人が首相官邸付近に集まり、官邸へ向けて、スピーカーで「原発ハンターイッ!」を叫んでいたのだが、大飯再稼働が具体的なスケジュールに上がるようになると、危機感を持った人々が続々と参加するようになり、500人→1,000人→2,700人→4,000人と増え続け、ついに6月15日夜には、仕事帰りの人たちや、いても立ってもいられなくなり駆けつけたお母さんたち、学生グループなど11,000人を超える人たちが、官邸付近の狭い歩道を埋め尽くしてしまったのだ。
 警備に当たる警官たちも驚くほどの参加者数、それも、明確な組織を持たない人たちのネット上での呼びかけに応えて集まった数だ。参加呼びかけのツイッターは、瞬く間にネット上で増殖し、驚くほどの広がりを見せた。むろん、僕もRTした。
 また、ネット上で集会の模様は同時中継された。それを視聴した人たちも膨大な数だった。遠くで参加不可能な人、仕事や用事で来られない人たちが、ネット上で参加したということだ。
 事前の告知を、マスメディアがやってくれるはずもない。まさに、ツイッターやフェイスブックが威力を発揮した、あの「アラブの春」のような光景だったのだ。
 だが、それを日本のマスメディアはどう扱ったか。
 朝日新聞(6月16日付)が小さな記事にした。たった19行。

 大飯原発の再稼働に反対する市民らが15日夜、首相官邸前で野田政権への抗議行動をした。野田政権が16日に再稼働を正式決定する前夜とあって、これまでで最大規模となる1万人を超える人たちが集まったという。
 「再稼働に断固反対」などと書かれたプラカードを手に約2時間、参加者が交互にマイクを握り、「経済より命が大事だ」「今すぐ辞任すべきだ」と批判の声をあげた。賛同する国会議員や俳優の山本太郎さんらも参加した。

 以上が全文。
 何の組織もない人たちが三々五々、自分の意志だけで集まった意味、なぜそうせざるを得なかったか、に触れた部分はない。物足りない記事だった。だが、報じただけでもエライ(?)というべきか。
 僕は、さまざまな新聞テレビなどを漁ってみたのだが、これ以外にこの1万人超の自発デモを報じた日本のマスメディアはなかった。
 知らなかったとは言わせない。前日から、15日の抗議集会への呼びかけが、ネット上では白熱していた。企業ジャーナリストたちがネット情報にかなり頼っているのは周知の事実だ。つまり、15日の集会がそうとう大規模なものになるのは、マスメディアは知っていたのだ。だが、知っていながら報道しなかった。外国メディアは、かなり大きく伝えていたというのに。

 ところが、である。
 翌16日(土)、野田は午前中に「大飯再稼働」を決定した。これに抗議して、かなりの強い雨の午前中、400人が首相官邸付近で声を上げた。これに、各マスメディアが食いついた。テレビも新聞も「抗議集会に400人」と、数をしっかりと書き込んで伝えた。
 多くの人たちが、この報道ぶりを「おかしい」と感じた。前日の1万人超の大集会は無視して、雨の中、それも午前中の、あまり人が集まれない状況下での抗議を「400人」と数を入れて伝えたのだ。どんな情報操作が行われたのか? 多くの人たちの疑問だった。
 端的にそれを表したのが、前述のyuka ikedaさんのツイートだったのだ。「まるで、集まって抗議するのもせいぜいこの程度の人数ですよという感じ」…。
 11,000人と400人。

 僕は、マスメディアに意図的な報道操作があったとまでは思わない。だが、彼らには決定的に何かが欠けている。あるのは、もはや修復不能なほどの鈍感さ。
 多くの人たちが、その疑問を報道機関へぶつけた。直接電話して「なぜ11,000人の集会を報道せず、翌日の雨中の400人を取り上げたのか」と訊ねた。その答えもツイートされていた。
 ほとんどが「当社の判断」の一点張り。具体的な理由を述べてくれた報道機関は皆無だったという。訊きたかったのは「判断の中身」だったのだが、それには答えず「当社の判断」と逃げる。
 これでは、マスメディア不信が広がるばかりだろう。

 そこで、tomoko mitsuyaさんのような意見が出てくる。「今日の福井での集会は報道なんていりません。駅前ですらのどかな福井に突然数千人が集まったなら、たとえ報道されなくても福井の人は口コミで全員知ることになるからです」。マスコミなんかあてにしない。私たち自身がこの状況をみんなに知らせていく、という決意。
 報道なんていりません! こんな声を恐れたのか、この17日の福井での2,200人を集めた大きな集会は、それなりに報道された。
 だが、一度失った信頼を取り戻すのは、ほんとうに難しい…。

 今週の金曜日22日午後6時から、また同じ場所で大きな集まりがある。僕は、こんなツイートをした。

 次の金曜日(22日)首相官邸付近へ。1万人でも報道しないというのなら、報道せざるを得ない人数にしてしまえ。かなりの著名人たちも来るらしい、という情報。
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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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